人気ブログランキングに参加中


世界は70年前を目指し進む

【大予言①】世界史は70年前を目指して進み始めた。超大国日本を望むアメリカ

投稿日:

スポンサードリンク

f:id:fushimiakimasa:20160809195310j:plain

皆さんお元気ですか?

今日は、私が心にしまっていて前から書きたかったことを書きます。

それは、昨年末あたりから感じ始めた【世界史の大転換】です。ことに、今年は戦後70年ですが、【世界史自体が70年前日米開戦以前に向けて戻ろうとしています。】

それはある意味【超大国アメリカの戦後70年の反省】とも言えます。

安倍総理が理想とする日本は【戦前の日本】だそうです。私の理想も【戦前の日本】です。だから私は安倍さんを支持しています。

★【日本は敗戦国ではないない連合国の停戦の呼びかけに応じて条件付きで停戦したのだ。】・・・東大名誉教授小堀桂一郎

スポンサーリンク

 

 

終戦直前の話ですが、連合国、特にアメリカは、広島と長崎に、2発の原爆を落とした後、大本営に対して「日本が停戦に応じる気があるならば、停戦しょう」という呼びかけがありました。しかし、阿南惟近陸軍大臣は、強気でした。未だ日本
本土には200万の陸軍の精鋭がいました。阿南大臣は【本土決戦】を主張して御前会議でも譲りませんでした。

 一方、米軍の方にも焦りがありました。終戦の年の6月の、沖縄戦で、十倍の兵力で臨み、沖縄の海が真っ黒になるほどの戦艦でおおい、【鉄の暴風】と言われるほどの艦砲射撃を繰り返しました。しかし、沖縄方面指令軍と協力した沖縄県民の激しく、不
屈の抵抗に遭い、勝つには勝ったが、わずか日本国土の0.6%を占めるに過ぎない土地で、予想をはるかに超えた戦死、戦傷者を出したのです。

この時の、日本軍と沖縄県民の官民ともに戦った想像を絶する勇敢さ、命知らずの抵抗が、米軍のトラウマになり、GHQ作成の日本国憲法、第9条につながったと言います。米軍参謀総長のマーシャルは、頭を抱えました。本土からはるか離れた離島を制圧するのに、これだけの戦死者を出したのに、実際本土決戦をやったら、どれだけの戦死者が出るのだろう。

部下にシミュレーションさせた結果をみて、マーシャルは絶句しました。

なんと【本土決戦をした場合、米軍の戦死者は最低200万人】でした。もし実行していたら戦傷者は、その3倍は出たでしょう。【沖縄戦】で大損害を食った以上に、本土決戦をやれば、日本陸軍200万人と、8千万人の日本国民との【軍民一体化部隊】との想像を絶する激戦となる。折しも、日本国内に放ったスパイから、日本軍は、女学生や、壮年の婦人を指揮して。【竹槍戦闘】を指導していました。戦後の自虐史観の影響下では【竹槍でB29】と日本軍部の作戦を嘲笑しました。

 

しかし、このスパイ情報が、米軍参謀部に与えたイメージは強烈でした。「日本軍は女学生までも特攻にしようとしている」と。海外の掲示板を見ると、女学生が整然と竹槍で米軍を刺殺する訓練をしている写真が載っており、多くのアメリカ人が、「本土決戦しなくてよかった」と書き込んでいます。

 

それまで、日本軍と激闘を繰り広げ、日本軍の人間離れした強さを体験してきた陸軍のダグラス・マッカーサー元帥や、海軍のチェスターニミッツ元帥も「本土決戦」には反対しました。

例え、日本軍民を殺し尽くしても、米軍に200万人もの戦死者、その数倍の戦傷者を出したら、戦後アメリカも国として立ち行かなくなるでしょう。それが証拠に、ドイツでの本土決戦をしたソ連軍はベルリンは制圧したものの、多大な戦死者をだし、戦後、男性の少ない国になってしまいました。

その状態はロシアになった現在でも続き、人口比率が、6対4で女性の方が圧倒的に多いのです。ロシアには結婚できない女性、一生独身で過ごす女性が多いそうです。

 

参謀総長マーシャルと大統領トルーマンは、日本政府に揺さぶりをかけるために、広島と長崎に原爆を投下しました。それでも、日本政府は【ポツダム宣言の無条件降伏】を受諾しようとしません。原爆の投下や、東京大空襲は許されざる国際法違反ですが、原爆の投下による死者、広島約14万人、長崎約7万人、東京大空襲では家を焼け出された人は100万人もいましたが、死者は約10万人でした。

 

調査してみて以外にも原爆の殺傷能力の低さに驚きました。

また、東京大空襲で、爆弾を投下しすぎ、米軍の爆弾は在庫が尽きてしまいました。

原爆投下の数日後、日ソ中立条約を破って、ソ連軍が満洲に侵攻します。これで昭和大帝は連合国からの「停戦の要請」を【国体護持という条件付きで受諾する】【聖断】を決意しました。あくまでも【本土決戦】を主張する陸軍と近衛兵たち、昭和大帝は、陸軍が、弟の秩父宮を立てて、自分を廃位することを恐れていました。従って【玉音放送】は、御前会議に諮ることなく、戦前の所謂【天皇大権】によって、先帝様と一部の側近が秘密裏に、独断で行ったものです。

 

正式には【終戦詔書】【大東亜戦争終結詔書】と呼ばれ、前文に目を通しても【降伏】や【敗戦】などの文言は一言も入っていません。文中には【戦局必ずしも好転せず】というお言葉がありますが、これは、死を賭しても戦うという国民の硬い意志を、諭したものだと思います。

確かに戦局は劣勢であっても、【ドイツの様な悲惨な本土決戦を避けて余力を残して、良い条件を確保して停戦しよう】とする先帝様の賢い判断でした。そして、これは事実上の【停戦の詔書】&【大東亜戦争停戦の詔書】です。

国内にあっては、依然として出撃する特攻機への出撃停止命令であり、海外、特にインドネシアベトナムで戦い続ける兵士たちへの【戦闘停止命令】でした。結果的にこの二地域の残留日本兵は、天皇の命令に従いませんでしたが。

次は第②編です。

スポンサードリンク

スポンサードリンク

人気ブログランキングに参加しています


※メールアドレスの欄は未記入でもコメントの投稿が可能です。

こんな記事も読まれています

1

【在日特権を斬る】何故、在日を強制送還できないのか?根拠となる、1991年日韓覚書と売国政治屋 写真は売国政治屋の中山太郎 読者の方から、「犯罪を起こした在日韓国人は韓国に強制送還できないのですか?」 ...

2

ネット界の仁義なき戦い、余命三年時事日記との抗争 ※2016年03月より半年以上にわたって繰り広げられた、伏見顕正と余命三年時事日記との抗争の実録です。   2012年 08月 『余命三年時 ...

3

2015年4月1日   皆さんお元気ですか? 今日は、雅子の男性遍歴②です。 その相手は2003年にイラク戦争のさなか、非業の死を遂げた外務省奥克彦参事官です。 英紙はすかさず、「犯人は不明 ...

-世界は70年前を目指し進む

Copyright© 伏見顕正の政経塾と四柱推命 , 2018 All Rights Reserved Powered by AFFINGER4.