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大予言②|世界史は70年前を目指して進み始めた。超大国日本を望むアメリカ

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※石原莞爾

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次は、今上陛下が批判していた【満州事変】について、論破しましょう。私の結論は下記のポイントです。

① 手段は目的を浄化する。=目的が崇高ならば、手段でちょっと間違いがあっても無視しうる。

 

② 満洲(現在の中国東北参照)はそもそも歴史的に無主の地(法的正当性を持った特定国家の領土ではない)当然、中華民国の領土ではない。

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③ 事変後建国された【満州国】は世界最大の工業国であり、【五族協和(満洲人、モンゴル人、日本人、中国人、朝鮮人】の桃源郷④ 事変後、国際連盟から派遣された【リットン調査団】の結論は【リットン報告書】で、【自衛とは認められないが、満洲に権益を持つ日本の立場も尊重すべきであり、満洲を事変前に戻すことは適当ではない】としています。何のことは無いリットン団長は、【形式的に日本を批判しながら、全満洲を占領した日本軍の軍事行動を追認している】のです。

⑤ 日本が満洲国を建国しなければ、いずれソ連が満洲を占領していた。

⑥ 日本は【満州国の経営において特に教育に力を入れた】今も現地の満洲人やモンゴル人は日本に感謝している。

⑦ 結局【満州国はソ連の南下を阻止し、戦後、中国に引き渡した】

 

満洲は、元々中華民族の領土ではありません。

歴史に満洲の現れる10世紀、その土地は、女真族と呼ばれる【狩猟民族の土地】であり、西部は遊牧民族のモンゴル族の土地でした。17世紀初頭、満州族(=女真族)にヌルハチという英雄が現れ、中国の明王朝と構想を繰り返し、息子のホンタイジの時に、明を滅ぼして、清朝を建国しました。ホンタイジ一族が、北京に移った後、故郷の地満洲には、中国人が入植することを禁じました。

理由は農耕民族の中国人たちは、モンゴル人が遊牧をする牧草地や、満州族が狩猟する草原地帯に行くと、必ず、鋤や鍬で、地面を掘り返し、農地を作ろうとします。これが、大切な牧草地や、草原地帯を荒らされる、モンゴル人や、満州族には我慢ならなかったのです。

かと言って満州族は、20万人しかいなかったので、ほとんどの家臣を連れて中国に移ったのちの、故郷満洲は、17世紀からその後300年間、非常に人口の少ない、広大な原野だったのでしょう。

大日本帝国が日露戦争に勝利し、南満州鉄道の周辺の利権を獲得したころ、日本軍権益地帯以外の満洲は、有名な張作霖、張学良父子という土匪(地元のならず者集団)が好き放題やっていました。父の張作霖は最初は関東軍と仲良くしていま

したが、次第に日本を裏切るようになったので、【張作霖爆殺事件】で関東軍が謀殺しました。張作霖作林父子の実態は、【武装した山口組】のようなもので、関東軍としては【反社会的勢力の首領】を抹殺したのと同じで何ら問題にはなりま

せん。しかし、父を殺された張学良は関東軍との対決姿勢をあらわにします。

そこで関東軍作戦課主任として赴任してきた、【天才参謀の石原莞爾】はスケールの大きい戦略を立てます。

それは

① この機会を逃さず全満洲を軍事占領しよう。

② 今なら、ソ連は五か年計画の真っ最中で動けない。

③ 張学良は、満洲から追放する。

④ 満洲全土掌握後、関東軍が支配する傀儡政権国家を作る。

そして、今上陛下が問題視する【柳条溝事件】を起こします。関東軍は満州鉄道の柳条溝を爆破して、張学良一派の犯行だと宣言して、直ちに軍事行動を起こします。この時関東軍3万、張学良軍45万の兵力差です。しかし、難なく張軍

を撃破、満洲の外に追い出し、たった5日間で満洲全土を制圧しました。中華民国政府から訴えを受けたリットン調査団の本音は上に書いた通りです。唯一文句を言った国がありました。想像がつくでしょう(笑)アメリカのスティムソン

国務長官です。アメリカとしては、中国市場の利権にアクセスしたいのに、日本が邪魔になって苛立っていたのです。日本が満洲国を建国して、【ソ連の南下を阻止していた】ことに気付いたのは朝鮮戦争後でした。

清朝最後の皇帝、溥儀を皇帝として【関東軍の傀儡国家】を作りました。滅びた清朝の遺臣達の満洲貴族から、溥儀の皇帝復帰を懇願されたからです。

満洲国は、各省庁のトップ、部長には満洲人の有力者を置き、実務を取り仕切る次長には、日本の霞が関の各省庁から、優秀な官僚を送り込み、実質的な国づくりをさせました。その中には安倍総理の祖父の岸信介元総理も、商工省(現経

産省)から、派遣されていました。関係者の話によると、【満州国は実質岸さんが一人で設計したようなもの】だそうです。旧制一高、東京帝国大学法学部首席卒業の岸さんならではで有ります。

本人も後日談として【満州国は私の作品だ】と言っています。

岸さん以下、日本の優秀な官僚の指導の下、ほんの数年で【満州国は世界屈指の大工業国】に変身します。鮎川義介の【日産コンツェルン】が有名です。後に日産コンツェルンは、日立製作所、日産自動車、日本油脂、日本冷蔵、日本鉱業、日産火災、日産生命などの、一部上場、有名会社に成長します。

戦後、満州鉄道が実用化した【超特急アジア号】は日本の新幹線の基礎技術になります。

大日本帝国は他の植民地同様に、国民学校を作り、教育に力を入れました。満州族、モンゴル族等々分け隔てなく、平等に教育の機会を与えました。それを今でも、言質の満洲人や、モンゴル人は感謝しています。

驚くことに、中国共産党体制となった今も、東北三省(旧満洲国)の学校では、【第一外国語は日本語です】。ですから、最近日本に入ってきて永住権を獲得する中国人は東北三省の人が多いのです。今、東京の池袋にニューチャイナタウンができて、話題や、問題を提供していますが、彼らのほとんどが、旧満洲地方の出身者です。

満洲国の建国が問題となり、国際連盟を脱退した日本ですが、きいきい文句を言ったのはアメリカだけで、脱退後も、ドイツやイタリア、クロアチア、リトアニア、スペインなど合計20国(当時の独立国は60国)が国交を結びました。

ですから、高校の日本史の教科書で教えるほど満州国は悪く思われていなかったのです。何故なら国交を結んだ20か国は、【満州国は大日本帝国の傀儡国家だと知っていながら自国の企業を進出させています。】驚くのは、満州国樹立に

一番反対したアメリカでさえ、フォードモーターズが進出していたのです。

戦後70年の自虐史観に染まった、歴史学者たちが執筆した高校の日本史教科書は【嘘だらけ】です。これで、【満州事変が地元の反社会的武装集団を駆逐しただけの事】。【作られた満州国は、日本の選ばれた頭脳と卓越した技術力、ヒ

ューマニズムにあふれた教育制度からなる理想国家】だという事がわかると思います。今上陛下と論争することは不可能ですが、発言を聞く限りは、【自虐史観に洗脳された高三レベルの歴史観】だと思いました。

さて、次は第③篇ですが、明日アップする予定です。

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