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大予言⑤|世界史は70年前を目指して進み始めた。超大国日本を望むアメリカ

【アメリカの蹉跌②】の続きです。

アメリカ国内で厭戦気運(戦いを嫌がる空気)が高まる中、ベトコンは、米国および世界の世論を狙った思い切った攻撃を仕掛けます。一つはベトコン数名が、「決死隊」を結成し、サイゴン(現ホーチミン市)のアメリカ大使館に突入し、占拠し、屋上に北ベトナムの旗を立てました。決死隊は全員殺されましたが、その様子は、当時普及していたTVによって世界中に発信されました。

いつまでたっても、先の見えない戦争に、アメリカ国内では、学生や市民による【反戦運動】が起きます。1968年、海兵隊を筆頭に50万人の米軍を投入していた米軍に不意打ちが食らわされます

 

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1968年のベトナムの旧正月のテトに、北ベトナム正規軍が、ベトナム中部の古都フエに駐留していた、米軍に、奇襲攻撃をかけたのです。これを【テト攻勢】と言います。これが、ベトナム戦争中に北ベトナム軍と米軍が正面から開戦した最

初で最後の決戦でした。不意打ちを受けてパニックに陥る米兵、緒戦は北ベトナム軍優勢でした。混乱する米軍を映した映像が、きっちりと米国や世界中に配信されます。勝敗自体は、立ち直った米軍が健闘し、北ベトナム軍を撃退しました。戦

死者も北ベトナム軍の方が結果的に多かったです。戦死者の数よりも、北ベトナム軍が狙っていたのは、奇襲を受けて、混乱する米軍の醜態をTVで米国民に印象付けることでした。そもそもがフエ奪回が目的ではなかったのです。

北ベトナムの思惑が当たり、この映像を見た、「アメリカの良心」と呼ばれたジャーナリストのウォルター・クロンカイトは、自信の司会する報道番組で、眉を吊り上げて「何という事だ(怒)我々はこの戦争は勝っていたと思っていたのに」と

激怒しました。アメリカでもっとも影響力があると言われたジャーナリストの「怒り」は反戦機運のアメリカ世論に火をつけます。一番ショックを受けたのは大統領のジョンソンでした。ジョンソンは次の大統領選の不出馬を表明します。次期大

統領に選ばれたニクソンは、ソ連を牽制するために、キッシンジャーとともに、北京を訪問し、米中正常化を果たします。ソ連の動きを抑えたニクソンは、1973年【パリ協定】により、3月末までの、米軍の完全撤退を決定しました。

★結論から言えば、アメリカの敗戦でした。戦争スタッフにアメリカ最高の頭脳たちを集め、世界最強の海兵隊を含め、50万人の米軍を投入し、勝てなかったうえに5万人もの戦死者を出しました。

【象と蟻の戦いと言われた戦争でしたが】、蟻が象をひっくり返しました。いみじくもベトナム戦争を終結させたキッシンジャー博士が言っています。「大国と小国が戦った場合は、小国は勝つ必要はない。負けなければ、勝ったことになるの

だ」ベトナム戦争の大きな分岐点になった【テト攻勢】も北ベトナムに言わせると、【戦闘に負けて戦争目的を果たした。】ことになります。

アメリカ国内に反戦機運が高まっていることを、北ベトナムは良く知っていました。後にベトナム政府の高官が、ベトナム戦争を回顧して、こう述べています。「アメリカ軍は、敵である我々と戦うだけでなく国内世論とも戦わなければならなか

った。しかい、我々は戦争の古都だけを考えていればよかった。その点で我々は有利だった」と。

超大国アメリカの【不敗神話】は終わりました。米軍とアメリカ政府のパワーはこの敗戦後、例え小国であっても強靭な精神を持つ国には勝てなくなりました。アメリカという国の総合的な国力は、【真昼の太陽を過ぎて陰りゆく太陽】になりつ

つあります。

次は第六編に続きます。

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