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四柱推命占い鑑定|平成大相撲大動乱|⑤容姿も言語もそっくりなのに、文化が真逆の日本とモンゴル

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さて、続きですが、タイトルのように、日本人とモンゴル人は、容姿はそっくり、言語も同じウラルーアルタイ語族でそっくりです。

朝青龍や、白鵬らを見てると、如何にもモンゴル人だという感じはしますが、

今回暴行を受けた貴ノ岩を見たときは日本人そっくりだと思いました。

白鵬に酒の席で暴行を受け、脱臼させられたという話のある玉鷲も日本人そっくりです。

特殊なルックスの人を除けば、日本の田舎にこういう顔の人いるな~というイメージです。

モンゴル力士たちを見ると、如何にも流暢な日本語を話します。

彼らにとって、日本語の習得は、話し言葉としたら、簡単だそうです。

ただ、朝青龍は、漢字混じりの日本文は読めなかったらしく、毎朝、自分をバッシングするスポーツ新聞を、日本人の弟弟子にどういう悪口を言っているか、報告させていたそうです(笑)

 

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《モンゴルには、「先輩後輩の関係」=長幼の序はない。》

ここからは、宮脇先生の解説ですが、私なりに、噛み砕いて、説明したいと思います。

1992年、旭鷲山を筆頭に、史上初、6人のモンゴル人の新弟子が入りました。

旭鷲山は1995年に新十両となり、モンゴル力士初の関取となりました。1997年に小結に昇進。

日本の大相撲が、モンゴル人を差別しないことを知り、そのご朝青龍以下続々と、モンゴル人が入門してきました。

しかし、大相撲は、年功序列ではなく「番付」が組織の秩序であり、その頂点に横綱がいます。

 

そして、時は移り、2003年、7歳年下の朝青龍は横綱、旭鷲山は平幕に地位が逆転していました。

その年の二人の取り組みで、朝青龍の指が、旭鷲山の髷に入り、前代未聞の横綱の「反則負け」となりました。

 

朝青龍VS旭鷲山

取組後二人は、風呂場でにらみ合い、一触即発の険悪な雰囲気となり、帰り際、朝青龍が旭鷲山の車のミラーを破壊するという事件が起きました。

日本のマスメディアは一斉に「朝青龍は大先輩に対して失礼だ」とバッシングを始めました。

しかし、札幌国際大学の松田忠徳教授に言わせると「朝青龍は旭鷲山に尊敬の念を持っていないはずはない。ただ横綱の自分に敬意を払わなかったので怒ったのだろう」と解釈しています。

 

朝青龍VS琴ノ若

 

 

《長幼の序=「輩行(はいこう)の価値観は、シナ文明の儒教から来たもの》

長幼の序、日本人は小学生のころから上級生、一年でも早く生まれた人は、「お兄さん」「お姉さん」と敬いなさいと教わります。

長じて、高校の体育系の部活になると、例えば野球部ですが、天才イチローも愛工大名電で、1年生からレギュラーになりましたが、他の1年生部員と同様

練習後は、先輩のユニフォームを洗濯していました。

私は実態はよく知りませんが、宝塚も先輩・後輩の序列は絶対だそうです。スナップ写真であっても、集合写真を撮るときは、序列にしたがって並ぶそうです。

 

古代中国の孔子を始祖とする「儒教」の「輩行」の思想とは、世代を厳しく区別する価値観です。

「儒教思想」は、古代中国から朝鮮半島に入り、日本にも入ってきました。

ただ、日本の儒学者は賢かったので、いわゆる「儒教の「毒」」の部分は、取り除き、役に立つ思想だけを取り入れました。

儒学者、王陽明の陽明学は「知行合一」で有名です。この陽明学が、明治維新の立役者、西郷隆盛の行動指針となり、「討幕思想」のエネルギーとなりました。

しかし、李氏朝鮮に入った儒教の「朱子学」は、本家以上に「純化」され、1%の支配階級は、国民を奴隷化し、自分たちは、働かず、汗を流さず、一日中、「朝鮮朱子学」の空理空論を語り合い、李氏朝鮮成立、10年後には早くも国を「ゾンビ状態」にしました。

 

毛沢東は「文化大革命」で「批孔批林(ひこうひりん)」・・・「孔子」を批判し、クーデターを計画した林彪将軍を批判しました。

林彪は除くとしても、毛沢東は「儒教の毒」を知っており、強権をもって、儒教を取り除こうとしましたが、成功しないまま死にました。

「儒教の毒」とは、儒教とはそもそも「尚古(しょうこ)の思想=古きを貴ぶ」であり、親孝行をせよ、先祖を敬えまでは良いのですが、伝統を守れ、過去の先例は皆良いことだ。で、つまるところ、革新や進歩を評価せず、「退歩」となります。

これを、「伝統主義」とすれば、反対語は「自由主義」であり、「近代化」を阻むことになります。

「儒教の毒」を最大、最強に「純化」したのが、現代の韓国であり、北朝鮮ともども、「民族国家」成立以来、日本統治下にあった36年以外は、全て、中国の属国でした。現在の韓国はアメリカの植民地です。

民族の発祥以来、「一度も自分の足で立ったことのない」世界でもまれにみる珍しい民族です。

 

現代の中国の経済発展は、日中国交正常化以降、日本からの莫大な経済援助によるものであり、中国人のDNAに染み付いた「儒教的発想」はそのままです。

だから、日本で、中国人の女性と結婚すると、妻が内緒で、中国の両親に仕送りしたり、いきなり妻の両親が、日本に来て転がり込んだりするのです。

偉大なる社会学者の泰斗、ドイツのマックス・ウェーバーは著書「儒教と道教」で、儒教が、中国に近代資本主義の発生を妨げたと述べています。

 

《ゴビ砂漠を超えられなかった「儒教思想」》

属国の朝鮮半島には流入した「儒教」ですが、ゴビ砂漠を超えて、モンゴルに入ることはできませんでした。

 

《モンゴル遊牧民と中国農民は「不倶戴天の敵」=共に天を戴(いだか)ざる敵》

モンゴル人にとって、いつのまにか草原に侵入し、優良な牧草地を、鍬で掘り起こし、農地にする中国農民は、「生活権」を侵害する「ならず者」です。

一度鍬を入れられた、牧草地は2度と、元に戻りません。そして、もともとやせた土地ですから、収穫が減ると、シナ農民は、農地を放棄して新たなターゲットの「牧草地」を探します。放棄された農地は、2度と牧草地に戻らず、ゴビ砂漠の一部となります。

こうして、モンゴルで遊牧で生活を立てている遊牧民は、徐々に、しかも確実に「生活圏」を奪われていきます。

 

また、モンゴル人は、反対にシナ農民を軽蔑します。

モンゴル人の「シナ農民観」は「地面に這いつくばって、牧草地を掻きむしる連中」

我々は、馬の乗って、長距離を移動するのに、「シナ農民は地面に這いつくばる虫のような連中」という蔑視です。

日本と韓国も仲が悪いけど、それ以上に、中国人とモンゴル人は仲が悪いのです。

また、モンゴルは、元朝が明に滅ぼされたのち、モンゴル草原に戻り、「北元」という国を建てましたが、

朝鮮のように、属国となることはありませんでした。

従って、「儒教思想」を取り入れることは、現在に至るまでありませんでした。

★よって、「先輩・後輩の関係」があるわけはなく、悪く言えば「力こそ正義」の一面があるのです。

今回の騒動で、日馬富士を批判した旭鷲山は、モンゴル国民の反発を買い、大統領補佐官を解任されました。

モンゴル力士の嚆矢(こうし=さきがけ)となった旭鷲山失脚後、朝青龍ことダグワドルジのモンゴル大統領就任が近づいた気がします。

続く

 

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