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平成・大相撲大動乱

【平成大相撲大動乱】シーズン2 横綱柏戸時代から存在した「八百長力士互助会」

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≪横綱柏戸時代から存在した「八百長力士互助会」≫

1996年2月、週刊ポストで、元大鳴門親方の八百長告発連載が始まる。

協会の裏も表も知り尽くした男の、告白に「八百長追及」もヒートアップしてくる。

前の記事で、昭和38年(1963年)の秋場所で、横綱柏戸が、全勝優勝した時が、「八百長相撲」の走りと言われる。

この時は、初日から「大がかりな八百長工作」が行われたという。

この場所前に柏戸は4場所連続休場していたのだ。柏戸の体調は右手首捻挫、肝機能障害、蓄膿症で他に怪我もあっただろうが、肝機能障害は、致命的だと思う。

4場所連続休場後の、「昭和の大横綱」大鵬との千秋楽決戦に勝っての、全勝優勝は、私は普通に「不自然」だと思う。

思えば、高校時代の現代国語の先生が、ふと授業中に脱線して「柏戸という横綱は、強い時はあっという間に相手を土俵から押し出すが、弱い時は、非常に脆く負けてしまう。その点、大鵬は体も柔らかく柔軟性があった」という話をした。

先生の言いたかったことは、「ピンチに脆い、剛強さよりも、ピンチに強い柔軟さのほうが大事ですよ。」ということだったのだろうが今、思い出してみると、柏戸の、石原慎太郎の指摘した場所の「八百長疑惑」は納得がいく。

横綱に同時昇進した宿敵、大鵬の優勝回数は32回、柏戸は5回で、歴然とした圧倒的な力量さがあったと思う。

 

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≪「虚像の横綱」北の富士≫

横綱柏戸が「開発」した「八百長力士互助会システム」のノウハウを引き継いで、「八百長全盛時代」を築き、それを、部屋ごと、弟子の千代の富士と北勝海(現、八角理事長)に渡したのは、師匠で親方の横綱北の富士(現NHK 専属解説者)だった。

北の富士が連続優勝で、横綱昇進をかけた昭和45年(1970年)初場所前、北の富士を横綱にしようと、仲の良い弟分力士数人と、後援会会長の橋本成一郎氏が浅草の料亭で「決起集会」を開いた。

力士名は、高鐵山(告発した大鳴門親方)四季の花(ポスト連載の最初に登場した「中盆」)、栃王山、陸奥嵐

 

≪「八百長互助会」作り方の重要ポイント=必ず苦手力士を互助会に引き入れること≫

北の富士は、対戦成績の悪い龍虎を、互助会に引き入れた。

★このノウハウは、弟子の千代の富士に引き継がれ、千代の富士は自分を中心とする「八百長互助会」に苦手だった小錦を引き入れている。

大鳴門親方らは、「打ち返し」と言って、自分たちが、八百長で負ける代わりに、北の富士には負けてくれるように交渉した。

「打ち返し」だと、「星の貸し借り」だから、金はかからない、交渉した力士は皆OKしてくれて、北の富士の連続優勝、横綱昇進の「工作」は完成した。

最終シナリオは、6日目に「ガチンコ力士」に福の花に敗れ、

 

千秋楽の本割で、ライバル玉の海に負け、優勝決定戦で、玉の海に勝つというものだった。

これだと、13勝2敗同士で、北の富士も、玉の海も横綱に同時昇進できるという、ベストな「筋立て」だった。

勿論、玉の海には、事前に交渉は成立していた。

橋本氏のシナリオ通りに、北の富士は2場所連続優勝し、玉の海と同時横綱昇進した。

 

≪北の富士の実力≫

新版「週刊ポスト」は大相撲八百長をこう報じてきた

「週刊ポスト」編集部・編

P120 ~

北の富士なんて、私に言わせれば、自分の力だけで取っていたら、プロレスに入った人です。サンダー杉山が国際プロレスに入れようと躍起になっていたくらいですから。栃王山、竜虎、北の富士の三人で1億の支度金を出すとまで言っていた。北の富士自身、横綱になれるとは夢にも思っていなかったんです。だから横綱に昇進してからも、全勝した次の場所に8勝7敗というような波のある横綱でした。こうして作られた横綱が現在協会の幹部として君臨しているのがおかしい。

 

私なんか若衆の盃を交わしていたからタダで転んでいました。ただ、一度だけ本気でやったことがあります。43年7月場所のことでした。7日目の対戦を前にして皆で飲んでいたら、北の富士が酔って「明日は本気でやろうや」と言い出した。

そこでガチンコで取ったら、簡単に突き落としで勝ってしまった。なんと弱い大関だと思ってしまいました。それでも10回も優勝しているのだから、完全に”虚像の横綱”です。

以上

 

北の富士は、出世(横綱)できたら、八百長工作資金を何倍にしても橋本氏に返すと約束していたが反故にした。

北の富士は、九州場所の場所中に「注射の金(八百長工作資金)を200万円送ってほしい」と電話してきたこともあるという。

 

大鳴門親方・北の富士後援会副会長、橋本氏の憤慨

 

新版「週刊ポスト」は大相撲八百長をこう報じてきた

「週刊ポスト」編集部・編

P124 ~

「注射の金を200万円送れ」

「妄想とはどういうことだ。横綱・北の富士を誕生させるため土下座までしたわれわれの行為は、ボランディアだったとでもいうのか。八百長をやったやらんとについては、証人を集めて裁判で争えばはっきりする。それを妄想だの思い込んでいるのだといわれたら、ワシだって許すわけにはいかない。こうなれば、とことんやらせてもらいたい」

元・大鳴門親方は、憤慨した表情でこういった。本誌で、角界にはこびる八百長相撲の実態を赤裸々につづった爆弾手記に対して、八百長を指摘された陣幕親方(元横綱・北の富士)が「ずいぶん立派なことを言っているね。妄想だよ」と発言したこと怒っているのだ。

 

また、かつて北の富士講演会副会長として、八百長工作から金銭面まで舞台裏でバックアップしてきた橋本成一朗氏もカンカンだ。

「北の富士は、”この金(八百長資金)は、出世したら何倍にしても返す”と話していた。九州場所に電話してきて”注射(八百長)の金を200万円送ってほしい”といってきたもあるんだからね。それを妄想とは、どういうことだ。そこまで言い切るなら、法廷で争って金を返してもらうつもりだ」

以上

 

 

そして、八百長告発の2人証言者、大鳴門親方と橋本氏が同日、同じ病院で同じ病気で突然死を迎えた

新版「週刊ポスト」は大相撲八百長をこう報じてきた

「週刊ポスト」編集部・編

P159

1996年5月3日号

大反響を元・大鳴門親方の手記は第14弾を向あけた。しかし、この第14弾で手記そのものは終了することになった。元・大鳴門親方、そして、親方の手記を裏付ける証言をしてきた橋本成一朗氏が同じ日に同じ肺炎で同じ病院で突然、逝ってしまったのだ。「偶然の仕業」と納得しようにも、あまりに奇怪な2人の「死」。

本誌は、勇気ある告発者の死を決して無駄にしない。

以上

 

また、昭和48年(1973年)の名古屋場所、北の富士は、大鳴門親方に対して、「琴桜は横綱になってから優勝していない。星を売ってこい。」と命じた。

大鳴門親方は、琴桜と交渉し、対北の富士戦での勝ち星を230万円で売ったが、北の富士はその金をポケットに入れてしまい、橋本氏の逆鱗に触れた。

 

国際プロレスと北の富士の実力

★橋本氏の語る「北の富士の実力」とは、自分の力で相撲を取っていたらプロレスに入っていた力士だと。

当時国際プロレス(消滅)のサンダー杉山(個人)が、躍起になって勧誘していた。

wiki

国際プロレス(こくさいプロレス)は、日本のプロレス団体。正式名称はインターナショナル・レスリング・エンタープライズ株式会社 (International Wrestling Enterprise)。略称はIWE。

概要
1967年1月5日、大阪府立体育館にてアントニオ猪木の東京プロレスとの合同興行で旗揚げ。T

BSと東京12チャンネル(現:テレビ東京)で定期放送されていた。テレビの定期放送終了の半年後、1981年8月9日の北海道羅臼町大会で活動を停止し、同年9月30日に解散した。

団体名の名付け親はプロレス評論家の菊池孝という説があったが、本人は小佐野景浩が2010年に行なったインタビューでこれを明確に否定しており、「吉原さんが考えたんじゃないかな」と語っている[2]。

中略

金網デスマッチの開催、選手入場時のテーマ曲の採用、日本人選手同士の対戦、日本人覆面レスラー(覆面太郎)の登場、日本人ヒールユニット(独立愚連隊)の結成、専用移動バスの導入、移動体育館の導入、外国人留学生制度など、当時としては斬新だった事例を他団体に先駆けて取り入れるなど、進取の気風に富んでいた[4]。

以上

 

北の富士、龍虎、栃王山の三人で、「プロレス入りの支度金」として、1億円出すと、サンダー杉山氏は橋本氏に言ったそうだ。

★その北の富士、横綱としての優勝回数は7回、8勝7敗や9勝6敗という幕内下位力士並みの場所もある。

また横綱としては下位(成績不振)の「張出横綱」に9回なっている。

低成績(8勝7敗など)や休場明けには、2度、全勝優勝が見られるが、私には「不自然」に感じる。

大関でも9勝6敗で場所を終えると「96(クンロク)大関」と言って馬鹿にされる。

 

人格や現役時代の成績は無関係,結局カネのあるところが協会の要職につく

新版「週刊ポスト」は大相撲八百長をこう報じてきた

「週刊ポスト」編集部・編

P113

その元・大鳴門親方が重い沈黙を破って、汚れきった角界の全貌を綴り始めたのである。

八百長疑惑をはじめ、最近では大麻事件と、何かと問題が多い相撲協会ですが、幹部はいつも奥歯にものが挟まったようないい方か、ダンマリを決め込むだけです。そりゃ、はっきりとは言えないでしょう。協会幹部だって、若いときは同じようなことをしてきたのだから。

現在のの親方衆に八百長や大麻吸引を批判などできないのです。

 平成8年1月29日2年に一度の理事選があるようだが、カネのばらまきや付け届けは当たり前の世界。ケチでは理事など協会の幹部にはなれない。これが角界の常識なのです。

今度理事から落ちる春日野親方(元横綱・栃の海)なんてケチの見本みたいな男だし、大島(元大関・旭国)などは陣幕(元横綱・北の富士)が、「カネをばらまけと教えているのに、ケチだから一生そのままだよ」とバカにしていた。

人格や現役時代の成績は関係ありません。おかしなことです。結局カネのあるところが年寄株を買いあさり、理事を選んで、協会の要職につくわけです。そもそも伊勢ケ浜・立浪連合なども以前は3人の理事をだしていました。ところが、陣幕が年寄株を集め、結局は連合から春日山親方が座っていた理事の椅子を奪い取った形で、理事になったわけです。

こうして一般社会にもどってみると、本当に角界なんてめちゃくちゃな世界です。我ながら、よくこんなことをしていたなと思います。

以上

北の富士は、引退後「陣幕親方」として、NHK  専属解説委員として、その「歯に衣着せぬコメントや、洒脱」な解説で人気を得ている。

皮肉ではないが下手なタレントより、「トーク」が上手だ。

続く

 

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