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四柱推命占い鑑定|平成大相撲大動乱|「黒い横綱、千代の富士」「八百長互助会システムの集大成」

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週刊ポストに刺激的な告発を連載してきた大鳴門親方と、橋本氏が1996年に「怪死」した。

週刊ポスト」は大相撲八百長をこう報じてきた

「週刊ポスト」編集部・編

P12~

今から30年以上前の1980年に元十両・四季の花が自ら関わった八百長工作を告白したのを皮切りに(本書第一章)、元・大鳴門親方の手記(第三章)、元横綱・曙の付き人である高見旺による告発(第五章)など『週刊ポスト』は数多くの実名証言と物証をもとに「大相撲八百長」の実態を暴いてきた。しかし、そうした疑惑を突き付けられるたびに、教会は「事実無根」とシラを切り続けた。

だが、皮肉にも教会が「八百長はない」と言い続けるたびに、世間には大相撲には「八百長がある」という“常識”が浸透していった。だからこそ、八百長メールが発覚しても、世の人々は「まさか」ではなく、「何をいまさら・・・・・・」という感想を持ったのである。

 

すると、今度は、新しい告発者が出てきた。大鳴門部屋に所属していた元板井関です。

≪板井関の人となりについて、Wikiより≫

 

板井 圭介(いたい けいすけ、本名は四股名と同じ、1956年3月21日- )は、大分県臼杵市出身で、かつて大鳴戸部屋(現存せず)に所属していた元大相撲力士。

最高位は西小結(1989年5月場所)。

現役時代の体格は178cm、139kg。

得意技は突き、押し、叩き。

小学生の頃から中学校卒業までは、野球をやっていた。しかし、当時実業団相撲で活躍していた兄・義美を追って、大分県立大分水産高等学校(現・大分県立海洋科学高等学校)に入学してから本格的に相撲を始めた。

同高等学校の相撲部ではそこそこの実績を残し、卒業時には宮城野親方(元横綱・吉葉山)からのスカウトを受けた(日本大学や駒澤大学などからの勧誘もあった)。

しかし「まだプロ入りする自信がない」などの理由でこれを断り、高校卒業後、直ちに黒崎窯業(現・黒崎播磨)に就職。同社の相撲部では国体青年の部で優勝するなど活躍した。

在職中の1975年には朝日山部屋入門が持ち上がったが、朝日山部屋のお家騒動に巻き込まれ入門は立ち消えとなった。

退職後の1978年、大鳴戸部屋(師匠は元関脇・高鐵山)に入門。

以上

 

 

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「実業団相撲の英才」と言われた力士です。余程の好角家(相撲通)でなければ、この人の事を知らないでしょう。

★「番付」のアップダウンの激しい「エレベーター力士」でした。しかし、彼が意図的に「番付」の上下を演じたのはある力士の、10年もの「常勝体制」を支え、その身代わりになることでした。

その力士とは「昭和の大横綱」と言われた千代の富士(元九重親方個人)です。

 

週刊ポスト」は大相撲八百長をこう報じてきた

「週刊ポスト」編集部・編

元小結・板井の爆弾告発

本書のもとになった『週刊ポストは「八百長」をこう報じてきた』(小学館文庫)が世に出た2000年以降も、角界は土俵にはびこる八百長に何ら対策を講じなかった。

同年1月21日、元小結・板井圭介氏は日本外国特派員協会で講演した。この日は初場所の13日目だった。

「今場所、八百長をやっている力士を言います」

そう、前置きして、板井氏は横綱・曙、大関・千代大海ら幕内力士18名の名前を読み上げた。また、自信が現役時代に「中盆(八百長の仕掛け人)」を務めていたことを告白し、こう語った。

「本当に申し訳なかったと思います。僕に使命があるとすれば、八百長を無くすことです」 この直後の教会の対応についても触れておこう。

 

協会は板井氏に名指しされた力士たちを「調査」と称して国技館内にある執務室に呼び出したが、そこで行われたのは、顧問弁護士が「板井が指摘したような事実はあるのか」と事務的に質問し、力士たちが「いいえ」と答える“八百長聴収”だったのである。

今回の「八百長メール」問題の後に、協会は「故意による無気力相撲に関する調査」と題したアンケートを全協会員(力士、親方、行司ら990人)に配布。そこには、「誘いをしたり、受けたりしたことはありますか」「仲介者はいますか。それは誰ですか」などの質問が書かれていた。もちろん「はい、やりました」などという力士が現れるはずもない。しかし、協会はその結果をもって、「名前が挙がった14人以外に、八百長に関与した協会員はいなかった」と結論付けた。11年前の“対応”と何ら変わっていなかったのである。

協会から「事実無根のデマ」と批判された板井氏は、講演から4か月後、本誌インタビューに応じた。その「爆弾告発」の一部を再録する。

 

「嘘つきに“嘘つき”呼ばわりされたのではオレもメンツがありません。オレが(八百長力士)名指しした千代大海の“やっているわけないだろうその人、オレと同郷(大分県)の人だけど、恥ずかしいし、情けないし、郷土を侮辱している”というコメントには本当い腹が立ちました……」

そういって板井氏は、黄ばんだスポーツ紙の束、数本の振りびたカセットてーむなどを取り出した。

「こうしたもののほかにも現役時代から保管しているものがある。いずれ何かの役に立つと思って、協会の会合を録音したり、八百長にかかわるものは大切に保管したりしていたんです」

(2000年5月19日号『相撲協会よ、ならば八百長の証拠を出そうか』より)

以上

 

板井は、2000年の1月「外国特派員協会」で講演し、「今場所八百長をやっている力士をいいます」と前置きし、横綱・曙、大関・千代大海ら、幕内力士18名の名前を読み上げました。そして、自らが現役時代に「中盆(八百長仕掛人)」を務めていたことを告白しました。

名指しされた千代大海は、板井氏にたいして「あいつは嘘つきだ。郷土の恥(同じ大分県出身)だ」と反駁しました。

2000年5月、板井氏は、ポストのインタビューに答えて、「嘘つきに嘘つきと言われたら、俺もメンツがありません。千代大海のためにも師匠の千代の富士の八百長の記録を明らかにしよう」と言い、「「中盆」とまで言われた自分は「立場上」現役時代の幕内の八百長記録を克明に記録してきた」と述べました。

 

≪千代の富士の53連勝は34番が八百長だった≫

「週刊ポスト」は大相撲八百長をこう報じてきた

「週刊ポスト」編集部・編

「相撲協会が八百長の存在を認め、八百長を撲滅していくって約束してくれれば、オレもこうやって証拠を出すことにはならなかったんだ……」

そういって板井氏が示したスポーツ紙には、幕内の星取表に「ガ」や「ハ」」という文字がびっしりと書き込まれていた。「ガ」はガチンコ、「ハ」は八百長を意味するという。

「オレを“故郷・大分の恥”とまでいった千代大海のためにも、師匠の大横綱・千代の富士の八百長を明らかにしよう。

自分で意識したことはないが、中盆とまでいわれていたオレは、立場上、幕内の八百長を克明に記録していた。千代の富士の“53連勝”の時もすべて記録していたが、これこそまさにその時の記録なんだ。

この星取表をみると、千代の富士の53連勝がいかに八百長によって樹立されたものであるかが一目でわかる。それに対して協会内部にも“双葉山の記録(69連勝)を八百長で取り換えさせて良いのか”という葛藤があったことなど、全てが理解してもらえると思う……」

例えば、連勝が途絶えた88年優秀場所での千代の富士の星取り表はこうであった。

≪ガハハハハハハハガハハハガハガ≫

「ガ」が4つしかない。まさに笑いが止まらないような星取表だ。しかし、15日目の「ガ」の対戦相手はガチンコ力士として知られる横綱・大乃国。その一番で千代の富士は破れ、連勝記録はストップした。板井資料によると、53連勝中の「ガ」は19番だけであった

そえ李前から『週刊ポスト』は“昭和の大横綱”の連勝記録に疑問を投げかけてきたが、はからずもそれが板井氏によって詳細が証明されたかたちとなった。

(2000年5月26日号『千代の富士の53連勝は34番が八百長だった』より)

以上

 

インタビューから2か月後、板井氏は『中盆』(小学館刊)を上梓する。出版にあたり、こう語った。

「私が『ポスト』で千代の富士の53連勝の八百長を暴いたとき、協会の関係者から“もっとやってほしい”と電話緒受けた。彼の弟子の千代大海が同じように八百長で大関になったことを苦々しく思っている人もいるのです。

私の本を読んだ角界の師匠や関取の一人でも多くが、八百長を恥じ、二度としない気持ちになってくれることを期待しています」

しかしというべきか、当然というべきか、協会は板井告発に完全無視を決め込んだ。だがこのときに協会が真摯に向き合っていたならば「最大の汚点」(放駒理事長)などというい事態に陥ることはなかったはずである。

 

連勝が途絶えた88年九州場所の千代の富士の星取表の板井氏のつけた記号はこうなっている。

ガハハハハハハハガハハハガハガ」

「ガ」は「ガチンコ相撲」「ハ」は「八百長相撲」を示すという。

15日分の最後の「ガ」=ガチンコは、「ガチンコ横綱」と言われた大乃国(現芝田山親方)との対戦で、大乃国が「所謂千代の富士の連勝記録」をガチンコで阻止した一戦です。

板井氏の資料によれば、53連勝中のガチンコは、19番だけだったという。

★そもそも、千代の富士の「連勝」などというものは、鼻から存在しなかったのが事実だ。

インタビューから2か月後、板井氏は小学館から、自身が克明に記録を付けた、大相撲八百長の実態を「中盆」として、出版した。

彼が、ポストで「千代の富士の八百長の実態」を暴いたとき、協会関係者から「もっとやってほしい」と激励を受けたという。

それは、千代大海が千代の富士の八百長と同じやり方で、大関まで昇ったことを苦々しく思っている人が多かったからだ。

続きます

 

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4 件のコメント

  • 伏見先生、皆様、ご無沙汰しております。蒼猫です。

    1ヶ月ほど前に、スマフォに変更しました。私の頭の中身で、この、『人類の進化の最たるもの』を、どこまで使いこなせるか、判りませんが……

    また、先生のブログを閲覧させて頂けるようになり、大相撲特集/シリーズを読ませて戴いてますが、その内容には驚きの連続です。

    もう、ずいぶんと前の話ですが、時津風部屋で、『かわいがり』という名を借りた暴力事件で 犠牲者が出ました。

    その頃から、全く相撲の世界は変わって無いのですね。

    亡くなった父が、『相撲も、プロレスも、プロ野球も、八百長や暴力団との癒着なんて昔から噂されてた。今々に始まったことじゃ無いぞ。』

    と、話してくれたのを思い出しました。

    • 蒼猫さんへ

      お久し振りです。今後ともよろしくお願いいたします。
      閲覧しやすくなって何よりです。

      亡くなったお父さんのおっしゃることが正しいです。

  • 連続で、投稿して申し訳ありません、12月16日、ではなく、12月6日の誤りでした。 眞子さまの特集記事です。

    重ね重ね、失礼しました。

  • なんかコントみたいだなw そんな厳しい兄上も、やる夫が一年間一人暮らしできたことを褒めるんだから弟が可愛いんだろうな しかし、やる夫のまわりは良いキャラした人が本当に多い

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