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平成・大相撲大動乱

【平成大相撲大動乱】シーズン2 私の千代の富士の印象=相撲の上手なヤクザ

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≪私の千代の富士の印象=相撲の上手なヤクザ≫

千代の富士が台頭してきた1980年代、大学の夏休みに、実家で祖父と二人で、相撲中継を見ていた。

千代の富士の取り組みで、祖父が「この男は強いけど、見合うとき、相手の顔を必要以上に睨みつけるところが嫌いだ。チンピラのようだ」と酷評していた。私も全く同感だった。正直「生理的嫌悪感」を感じた。

そうこうしているうちに、あっという間に横綱に昇進した。

私は「あんな奴でも横綱になれるんだ。でも短命に終わるだろう」と思っていた。ところが、1981年に横綱になってから、なんと1991年に引退するまで、

10年も横綱の座にいすわった。私は、千代の富士の全盛期から、大相撲に関心がなくなり、夜のニュースでも、今日の大相撲のコーナーになると、チャンネルを変えてきた。

 

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≪私が横綱千代の富士に不信感を拭えなかった理由≫

「小兵力士」として無理があること。

身長183cm、体重126kg、身長は幕内平均程度(平均は朝青龍の184cm、ちなみに朝青龍の体重は154kg)立ち合いのぶつかりで、相手を押す「力」は、体重×スピード、単純に朝青龍と比較しても約30kgの差がある、仮に、千代大海と朝青龍が「同じスピード」でぶつかっても、30kg分、「力」は劣ることになる。

それを、両腕の「筋力」だけで、相手を突き放せるだろうか?

下積み時代の「脱臼癖」は、筋トレで、肩の周りに「筋肉の衣」で覆うことだけで、簡単に再発防止できるのだろうか?
スポーツ医学の専門家に聞いてみたいが、私は無理だと思う。「脱臼癖」の人が、同じように筋トレで、肩を筋肉で覆い、普通の生活をするなら、再発防止も可能かもしれないが、千代の富士のように毎場所、自分より、身長も体重も大きな力士と当たって、衝撃を受け、10年も横綱が続けられるだろうか?

「評判の悪すぎる横綱」

私は、サラリーマン時代、文春、新潮、週刊ポスト、週刊現代に毎週目を通していたが、「大相撲八百長問題」を積極的に取り扱っていたのが、ポスト、現代

その「八百長追及キャンペーン」の常連の主役だったのが、千代の富士。相撲界の「隠語」で「注射を打つ」というのがある。

要するに、「金で勝ち星を買う八百長行為」で、それをやる力士を「注射力士」という。

当時の記事によると、千代の富士は「注射力士」の筆頭で、力士間の人望もなかったという。

★ポスト、現代が読者を通じて世間に発信していた「千代の富士八百長疑惑」は、板井氏の証言と記録で証明されたことになった。

ちなみに、88年九州場所の「八百長率」は、11÷15×100=73%

千代の富士の生涯戦績は、1045勝437敗なので、1045勝のうち、762勝は八百長だったことになる。

板井氏によると、千代の富士は貪欲に「勝ち」を求めるタイプなので、星は「買う」が「売る」ことはなかったという。

従って、437敗は、実力で負けたことになる。

優勝回数32回だが、これに「八百長率」をかけると、八百長優勝は23回、自力優勝9回だとすると、横綱昇進後、年6場所だから、1年と3場所で引退に追い込まれたはずだ。

これが、「国民栄誉賞」をもらい、死後、叙勲まで受けた、「大横綱千代の富士の実像」となるだろう。

 

 

≪「貴ノ岩暴行事件」をはるかにしのぐ、千代の富士の弟弟子に対する傷害事件≫

これも、週刊誌に載っていた記事だが、千代の富士は、ライバル大関北天佑の弟で、九重部屋に在籍していた力士に制裁を加え、結果失明させた。

制裁を指揮したのは、師匠の北の富士らしいが、激高したとはいえ、ここまでやるのは、「堅気」ではないと思う。

ニュースによると、幸い、貴ノ岩は回復基調にあるらしいが、北の富士―千代の富士ラインで失明させられた力士が、今ちゃんと生きて生活しているのか心配だ。

そして、この事件が、「傷害事件」にならなかったのが、解せない。

 

≪弟弟子の横綱北勝海(現八角理事長)と、九重部屋での優勝のたらい回しをやっていた千代の富士≫

北勝海=現・八角理事長

ちなみに、北勝海の初優勝から、年度別、場所別の、優勝者で、千代の富士との絡みを見てみよう。

初場所 春場所 夏場所 名古屋場所 秋場所 九州場所
1986年 北勝海 千代の富士  千代の富士  千代の富士
1987年 千代の富士 北勝海 千代の富士 北勝海 千代の富士
1988年 千代の富士 4千代の富士 千代の富士 千代の富士
1989年 北勝海 千代の富士 北勝海 千代の富士 千代の富士
1990年 千代の富士 北勝海 北勝海 千代の富士
1991年 北勝海 千代の富士引退

 

★如何でしょうか?1986年の夏場所に北勝海が初優勝をして以来、千代の富士が引退する前年の1990年まで同じ九重部屋で、兄弟弟子の千代の富士と北勝海が、「優勝をたらい回し」しているのが、顕著にみて取れます。

優勝者の空欄は、「ガチンコ横綱」の大乃国に阻まれたものと、「注射横綱」の旭富士(伊勢ケ濱親方)が埋めています。

旭富士(日馬富士の師匠)との間には、2横綱のどちらかが星を売ったのでしょう。

 

≪3場所連続休場明けの北勝海(現・八角理事長)は、旭富士(伊勢ヶ濱親方・日馬富士の師匠)から2千万円で優勝を買った≫

 

※北勝海=現・八角理事長

※伊勢ヶ濱親方 (第63代横綱 旭富士)・日馬富士の師匠

 

工作に動いた板井氏の付け人の談

「1989年初場所は、北勝海が優勝していますが、これは、北勝海が自ら、旭富士に持ち掛けて、2千万円で優勝を買ったものです。

金額が、べらぼうに高いのは、横綱北勝海が「進退」がかかっていたのと、この場所、優勝すれば、旭富士に横綱昇進のチャンスがあったのを諦めさせた、ある意味慰謝料でしょう」

 

新版「週刊ポスト」は大相撲八百長をこう報じてきた

「週刊ポスト」編集部・編

第二章 昭和63年 双羽黒の付け人

「双羽黒/九州場所奇跡の復活/太寿山、玉竜、陣岳はそれぞれ70万だった」

P94~

 

金は本人が銀行で下す。

---------ところで、こういう星の売り買いは一番いくらぐらい?

「優勝が懸かった取り組みなんかでは多少上がって100万(円)くらいになります。でもそれ以外では、だいたい70が相場ですね」

---------安くなったみたいだね。優勝がかかる一番なら200万くらいしんだけど。

「輪島とか若乃花(2代目)とかの時は本当に高かったらしいですね。ここ一番となると400(万円)くらいいってた時もあったと聞いていますけど、今はそんなことないですね」

---------その代わり、しょっちゅうやっちゃう?

「そうですね。以前より多くなったと聞いています。今はもう毎場所毎場所の恒例みたいになってますからね」

---------星の売り買いのあと、実際のお金の受け渡しはどこでやるの?

「横綱の部屋です。場所入りする前に呼ばれて預かるんです」

---------その時、お金はどこで元・双羽黒からもらったの?

「横綱の部屋です。場所入りする前に呼ばれて預かるんです」

---------キャッシュ?

「そうです。封筒に現金が入っていて、その封筒に名前が書いてあるんです」

---------でも元・双羽黒はそのカネをどこから工面しているの?売り買い差し引いて1場所2,3百万円でしょ?

「お祝儀とかがありますから」

---------いつも現金で持っているの?

「いえ、ちゃんと銀行に入れていて、場所の途中で自分で降ろしに行きます。これはさすがに付き人にはやらせません」

中略

--------すでに告白したように、秋場所では北勝海の付け人からお金を受け取った?

「あの時は忙しかったよ。だって向うが”相撲が終わったらすぐに取りに来い”っていうんだもん。オレびびったもんん。向うは優勝したから、支度部屋には人亜gいっぱいいる。相撲が決まった瞬間に走っていったんだけど、タイミングが難しくてね。記者が便所に入ってたりするからね。顔見知りだと”何で双羽黒の付け人がこんなところにいるんだ”といわれちゃう。で、結局、北勝海関の付け人頭のCさんから便所で受け取ったんです」

以上

 

≪星の売り(八百長負け)を拒む力士に対して、千代の富士が本場所でとった「制裁相撲」≫

★1989年の初場所で、千代の富士は、寺尾に注射を持ち掛けたが断られた。当然ながらガチンコになったが千代の富士は寺尾を土俵中央で後ろ向きに吊り上げて叩きつけた。

これが、問題の一戦です。

 

ここまで、力の差があり、余裕があるのなら、また確実に勝てるなら、何故、星の売りを持ち掛けたのだろうか?

相撲の取り組みというより、一歩間違えれば、寺尾が大怪我をしかねない、「暴力的な相撲」だ。

千代の富士は、横綱在位を、最大限に伸ばすために、「豊富な資金力」をもとに、「体を労わってきた」としか思えない。

続きます。

 

 

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