人気ブログランキングに参加中


平成・大相撲大動乱

【平成大相撲大動乱】シーズン2、プロレスを笑えない、大物力士達が手を染めてきた「八百長互助会」

投稿日:

スポンサードリンク

2010年夏に発覚した角界野球賭博事件で、押収された力士達の携帯メールに「星の売買の記録」が残っていたことから、日本相撲協会も二子山理事長のように「八百長は絶対にない」という強弁はできなくなった。

当時の放駒(はなれごま)理事長(元大関魁傑)は苦し紛れに、「過去には無かった。驚天動地の思いだ」といった。

馬を見て、「あれは鹿で間違いない」というのと同じことであり、苦し紛れの発言だった。

しかし、メールという「電磁記録」に残っていた以上、「国技」としての、「禊(みそぎ)」はしなくてはならない。

理事長は65年ぶりの本場所中止の「決断」をした。まさに、終戦の年以来のことだ。

ここで、タイムリーに発言した人物がいる。当時東京都知事だった石原慎太郎だ。

彼は、昭和38年(1963年)、47年前に、大鵬VS柏戸戦を「八百長だと」指摘し、相撲協会から告訴された「因縁」がある。

彼は、定例の都知事会見で、「大相撲の八百長問題」について記者にコメントを求められ、「あんなもの昔からあったことだ」と一笑に付した。

彼は「歌舞伎の演目のように、騙されて楽しんでりゃいいんだ」と明言を吐いた。

 

スポンサードリンク




 

 

新版「週刊ポスト」は大相撲八百長をこう報じてきた

「週刊ポスト」編集部・編

出版、小学館

 

P113

その元・大鳴門親方が重い沈黙を破って、汚れきった角界の全貌を綴り始めたのである。

八百長疑惑をはじめ、最近では大麻事件と、何かと問題が多い相撲協会ですが、幹部はいつも奥歯にものが挟まったようないい方か、ダンマリを決め込むだけです。そりゃ、はっきりとは言えないでしょう。協会幹部だって、若いときは同じようなことをしてきたのだから。

現在のの親方衆に八百長や大麻吸引を批判などできないのです。

 平成8年1月29日2年に一度の理事選があるようだが、カネのばらまきや付け届けは当たり前の世界。ケチでは理事など協会の幹部にはなれない。これが角界の常識なのです。

今度理事から落ちる春日野親方(元横綱・栃の海)なんてケチの見本みたいな男だし、大島(元大関・旭国)などは陣幕(元横綱・北の富士)が、「カネをばらまけと教えているのに、ケチだから一生そのままだよ」とバカにしていた。

人格や現役時代の成績は関係ありません。おかしなことです。結局カネのあるところが年寄株を買いあさり、理事を選んで、協会の要職につくわけです。そもそも伊勢ケ浜・立浪連合なども以前は3人の理事をだしていました。ところが、陣幕が年寄株を集め、結局は連合から春日山親方が座っていた理事の椅子を奪い取った形で、理事になったわけです。

こうして一般社会にもどってみると、本当に角界なんてめちゃくちゃな世界です。我ながら、よくこんなことをしていたなと思います。

以上

 

≪プロレスとの「差」は国技かそうでないかだけか?≫

昭和30年代生まれの私は、大相撲もプロレスも、同時に「格闘技」として楽しんでみてきた。

プロレスはジャイアント馬場とアントニオ猪木という、2大スターがいて、コアなファンがいる一方で、一部の人からは「あんなもの八百長だ」と頭から否定されて馬鹿にされていた。

私は「楽しければいいんじゃないの」という気持ちで、割り切ってみていた。

何故なら、国技で「天皇賜杯」を貰う大相撲にも明らかに「やらせ」感ぷんぷんの取り組みがいくつか見られたからだ。

プロレスは何故か、昭和63年以降、TV中継が、ゴールデンタイムから「深夜枠」に移され、馬場が病死し、猪木が政治家になると同時にTV中継もなくなり、衰退していった。

 

私が偶然手にした本で、「プロレスの舞台裏」が理解できた。

「1976年のアントニオ猪木」柳澤健、2007年3月出版。

著者は、戦後の力道山によるプロレスの創業以来、アントニオ猪木を軸として、プロレスの歴史と仕組みを丹念な、取材でまとめた一種の「暴露系ノンフィクション」である。

 

私は、その本を読んで、プロレスの試合は、事前にどちらが勝つかを決めて、どの順番で、どちらの得意技を決めるかまで、綿密にきめた一種の「歌舞伎の演目」に似た「格闘ショー」であることを知った。

著者は、巻末で、八百長の有無も含めて、猪木に公開質問状を出しているが、猪木が回答するはずがない。回答すれば、興行自体が成り立たなくなるからだ。

私が、この週刊ポストの本を読んで思ったのは、「日本相撲協会はプロレスを馬鹿にできないんじゃないの?」ということだ。

★違いは、相撲が2分以内に終わることと、プロレスが最大60分戦うことぐらいだ。

 

ガチンコ親方は出世しない・名だたる大横綱、名力士が告発された「八百長互助体制」≫

本書の、故大鳴門親方の告発によると、「ガチンコ親方は出世しない」とある。

ガチンコ横綱といえば、2代目貴乃花、

大乃国、

大関では、栃東が有名で、

親方としては元大嶽親方の貴闘力(廃業)がいる。

横綱も含めて、幕内では、きわめて「少数派」だ。

大半の幕内力士が「八百長互助会」に入っているので、「若貴時代」以前の「ガチンコ力士」は、両手で、数えれば足りるほどで、四股名も覚えられる。

協会幹部=理事の大半が、八百長経験者なので、「ガチンコ親方」は理事になっても要職につけず、不遇になるという。

★しかし、八百長親方も2種類に分かれ、故北の湖のように「受けるのが好き=金をもらって負けること」な力士は、敵が少なく、年寄(理事)になっても、受けがよく、最終的に理事長になって、長期政権が築けた。

一方、「勝つことに貪欲」で「星を買う=金を払って勝たせてもらう」ことで優勝回数を増やしてきた、

大鵬や

千代の富士は敵が多く協会内の受けが悪かった。

ちなみに大鵬は理事になれず、千代の富士も協会No2 から、北の湖理事長に「クーデター」を起こし、失敗して、ヒラまで降格され、死亡した。

 

≪モンゴル力士に「八百長互助体制」を教えたのは、日本人力士や親方たち≫

同書には、一章を設けて、初の外国人横綱の曙が「八百長中毒」に陥っていく、過程をかつての兄弟子で八百長工作を受け持った同じハワイ出身の高見旺(廃業)の告発で詳細に語っている。

曙のところに、仲の良い琴錦が、初めて八百長を持ち掛けてきた。「300万で負けてやるよ」と。

最初はプライドで断ったところ、コロリと負けてしまった。

そして、その年、一年間は曙は一度も琴錦に勝てなかった。それに懲りた曙は、それ以降、琴錦から「売り」の申し出があると、断らずに買うようになった。八百長の「固定客」である。

曙が初めて、琴錦から「星を買った」途端に「曙が注射(八百長)を始めたぞ」という噂が全力士に伝わり、多くの力士から、「俺の星も買ってくれ」という、申し出が殺到したという。

 

「モンゴル力士」達も同じ

白鵬は横綱になってから元横綱の輪島(廃業後プロレスに転身)のところに足しげく通い、どうすれば強い横綱になれるか熱心に教えを乞うたと宮城野部屋親方がTVで言っていた。

輪島も本書に出てくる「注射横綱」である。勿論、技術も教えただろうが、相撲界の「八百長互助システム」について教えた可能性は有る。

 

また日馬富士の師匠の伊勢ケ浜親方、元横綱旭富士は、本書で頻繁に名前の挙がる八百長力士である。

 

鶴竜の師匠の井筒親方は元関脇の逆鉾(さかほこ)で、板井関とともに「中盆」として「千代の富士八百長互助体制」を二人で支えた力士だ。

板井関は引退後、親方として残ることを許されず、廃業に追い込まれたが、逆鉾は、何故か、お目こぼしを受けて親方として角界に残れた。

★大鳴門親方は、師匠の力の差だと言っているが、逆鉾の曽祖父は第25代横綱の西の海である。

部屋は代々世襲している、名門相撲一家だ。そこで「大甘」の処遇となったのではないだろうか。

 

≪モンゴル力士に「罪」を被せて「トカゲの尻尾斬り」では、伝統ある「八百長互助システム」はなくならない≫

「貴ノ岩暴行事件」が発覚した時、文春砲が「モンゴル互助会」なるものを打ち上げたが、モンゴル力士は全員が、朝青龍や旭鷲山や白鵬のような力士ではない。

朝青龍と

旭鷲山は

いずれも、不祥事により引退し、モンゴルに帰って、日本時代の実績と知名度を売りにして政治家や事業をやっている。

これは「モンゴル利権」ではなく、彼らの引退後の生活の糧であり、彼らの自由である。

 

片や、何とか不祥事無く引退して、親方の信頼も得て、帰化も認められ、部屋に親方として、残っているモンゴル力士もいる。

モンゴル力士第一号として6人で来日した中の一人、旭天鵬は、既に2004年に帰化し、引退後は「友綱部屋親方」として、師匠となっている。

また、朝青龍の弟弟子で、高砂部屋の朝赤龍も、昨年帰化して、今年2月に年寄錦島を襲名し、高砂部屋の部屋付き親方となった。

帰化した力士は、いずれも「帰化するには大きな勇気が要ったが、相撲界に残りたかった」と言っている。

 

 

スポンサードリンク

スポンサードリンク

人気ブログランキングに参加しています


※メールアドレスの欄は未記入でもコメントの投稿が可能です。

こんな記事も読まれています

1

【在日特権を斬る】何故、在日を強制送還できないのか?根拠となる、1991年日韓覚書と売国政治屋 写真は売国政治屋の中山太郎 読者の方から、「犯罪を起こした在日韓国人は韓国に強制送還できないのですか?」 ...

2

ネット界の仁義なき戦い、余命三年時事日記との抗争 ※2016年03月より半年以上にわたって繰り広げられた、伏見顕正と余命三年時事日記との抗争の実録です。   2012年 08月 『余命三年時 ...

3

2015年4月1日   皆さんお元気ですか? 今日は、雅子の男性遍歴②です。 その相手は2003年にイラク戦争のさなか、非業の死を遂げた外務省奥克彦参事官です。 英紙はすかさず、「犯人は不明 ...

-平成・大相撲大動乱

Copyright© 伏見顕正の政経塾と四柱推命 , 2018 All Rights Reserved Powered by AFFINGER4.