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四柱推命占い鑑定|フィギュアスケート|金メダリストを斬るために知っておきたい「三合」の効果と中曽根康弘の命式

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読者の皆様、お待たせしました。平昌オリンピックも閉幕し、日本選手団も「あの韓国」から無事帰国しました。

五輪史上最悪の「汚点」を残した、平昌。運営や設備面で、「怒りを通り越して」笑いすら感じた、世界を裏切らない「ウリナラクォリティー」

「組織力」「企画力」「イベント運営能力」が皆無な、しかも「反日国家筆頭の韓国」という「究極のアウェィ」

をものともせず、国内開催だった長野を上回る、メダルを獲得した、日本選手団の、メンタルとフィジカル双方の強靭さ、

「勝負運」を呼び込む、日頃の猛練習に敬意を表したいと思います。

 

≪大きな勝負に勝つには三合(さんごう)の成立が必要≫

著名人、政治家、アスリート等が、「大ばくち」に近い大きな勝負に勝った時は、三合が成立していることが多々見受けられます。

三合とは、三つの支が揃って、ある五行の性質を強めていくような関係です。

三つの支の組み合わせで、4組あります。

 

①三合水局・・・申―子―辰 頭領の器
②三合金局・・・巳―酉―丑 進取の気性
➂三合火局・・・寅―午―戌 運勢の向上、発展。
➃三合木局・・・亥―卯―未 先見の明

 

以上ですが、私のブログを今後も読み続ける予定の読者様は、是非、面倒でも4種類の三合をきちんと理解し、記憶してください。

今回の冬季五輪の金メダリストたち、特に、フィギュアの羽生結弦選手と、女子フィギュアのレジェンド、伊藤みどりさんの命式の解説には従来より、ステージアップした四柱推命の理論学習が無いと解析できません。

ちなみに、羽生選手の連覇には「三合」の理論、伊藤みどりさんには、命式を「外格と内核」に分ける理論の理解が不可欠です。ちなみに後者の方が、難解ですが、私がわかりやすく説明していきます。

 

明日以降の、羽生君の解析の、「理解導入記事」として、今年の5月で100歳を迎える、大勲位中曽根康弘元総理の命式と彼が、総理在任中の1986年(昭和61年)に大ばくちを打った「死んだふり解散」での圧勝を絡めて、解析していきたいと思います。

元総理、31年前の人ですが、中曽根康弘については、最新の、山川出版の「詳説日本史」にも記載されているので、詳しい解説は割愛させて頂きます。

それでは、命式を見てみましょう。

 

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四柱推命鑑定 命式 中曽根康弘

中曽根康弘

1918年5月27日生まれ(99歳)

上 中 下  宿命星    十二運  吉凶星

年柱 戊 午 丁 偏財 傷官    死

月柱 丁 巳 丙 傷官 食神    病   亡神(2個)

日柱 甲 戌 戊    偏財    養

時柱 乙 巳 丙 劫財 食神    病   亡神(2個)

【申酉空亡】

 

【総合鑑定】

 

「身弱」4年強総理をやった人の命式とは思えない。

★吉星が1個もない・・・「人望」にかける。

★有るのは凶星だけ、しかも、亡神が4個・・・・薄情で冷酷。

自民党の政治史を振り返ると、7年以上の長期政権を担った、佐藤栄作総理(安倍総理の大叔父)の勇退以降の「ポスト佐藤」は

次の総理候補は「三角大福中」と言われました。

三・・・三木武夫、

角・・・田中角栄、

大・・・大平正義、

福・・・福田赳夫、

中・・・中曽根康弘

★結果的に、中曽根は5人の中で、一番最後に総理になりました。理由は

①中曽根派が、党内弱小派閥で、自派の数と力だけでは、政権を勝ち取れなかったという現実

②中曽根本人が、陣笠代議士(新人議員)から、政界引退まで、自民党のあらゆる人から嫌われまくっていたこと。

議員になって最初は、河野一郎(河野太郎外相の祖父、河野洋平の実父)の派閥に入りましたが、数年たって力をつけてくると「派中派」を作って、中曽根派を作って、独立しようとしました。クーデターであり、「主殺し」です。

親分の河野一郎は、激怒して、中曽根を除名しようとしましたが、翌日に河野一郎は「急死」。

計画通り、河野派を乗っ取りました。非常に悪運が強いです。

付いたあだ名が「藪枯らし(やぶからし)」(笑)、

 

木に巻き付いたつる草が、養分を吸い取り、木を枯らしてしまうことを中曽根に例えています。

★「平気で嘘をつく」・・・これは、彼の評判で定番となっていました。

ロッキード事件の関与を疑われ、証人喚問されましたが、「死んだ政治家」に責任を押し付けて、際どいところを逃げ切りました。

 

≪派閥の子分は放置し、自分だけ「美味しいところ」を食べたがる≫

★普通、時の総理が、組閣するとき、各派閥ごとに、大臣ポストを振り分けます。

「中曽根派から1名を防衛大臣」と要求されると、普通、派閥の領袖(りょうしゅう=親分)は、自分は遠慮して、当選回数7回以上の子分を就任させますが、中曽根派の場合、常に、親分の中曽根本人が大臣ポストに就きました。

 

≪温い飯ばかり、食いたがる奴は嫌いだ(怒)≫

★これは、故人ですが、かつて自民党のドンと言われた金丸信が、中曽根本人を指して、言った言葉です。

要するに、当選回数の少ない若い時期は、下積み仕事をみっちりやって、派閥の、先輩の後に「冷えたご飯」を食べる。

みんなそうしてきたのに、中曽根は汚れ仕事をやらず「暖かいご飯」ばかり食っているという非難でしたが、実際その通りでした。

吉星が皆無で、有るのは凶星の亡神だけ(笑)「薄情の権化」です。

リクルート事件では、実際未公開株をもらいながら、訴追から逃げ切り、側近No1の藤波孝生官房長官に罪を押し付けました。

有罪になった藤波元官房長官は、自民党を離党してまで頑張りましたが、2007年に死亡しました。

中曽根は葬儀に出席せず、ハマコーこと浜田幸一が、葬儀場で「中曽根の人殺し~(怒)」と叫んでいたのが印象的でした。

十二運を見ると、上から、死、病、養、病で、「超身弱」です。

彼が、総理になったとき、小中の同級生は、「中曽根はプレッシャーに弱く、緊張すると、すぐおなかを壊していた」と述懐していました。

宿命星も、傷官や劫財が多く、凶星が目立ちます。

 

≪唯一の評価できる業績、国鉄(現JR)民営化、「国労(こくろう)潰し」「総評=現連合」ら、左派労働組合の弱体化≫

平成生まれの読者の方は、記憶も経験もないですが、現在、日本が世界に誇る、新幹線を運行させるJRは。当時、国鉄=日本国有鉄道という、

「現業官庁」でした。電車を走らせれば、走らせるほど、「赤字が雪だるま式」に増え、職場は、過激な左派労働組合が支配する「人民組織」でした。

ストライキは頻繁に打つくせに、自分たちは勤務時間中にキャッチボールをやったり、シャワーを浴びたりして、まともな職員が委縮する職場でした。

私も経験しましたが、切符売り場で、客に対する態度は、横柄な連中が多かったです。それと、旧国鉄の男子トイレの臭かったこと、職員が、トイレ掃除しないもんだから、トイレの入り口で、強烈なアンモニア臭が鼻を突きました。

国鉄を民営化すれば、何度も逮捕されている、「不良組合員」を大量解雇できる。民営化し、事業を効率化すれば、累積赤字も返済できるようになる。

左派労働組合の「国労」を潰せば、過激労働団体の総評(=現連合)の力を削ぎ、最大野党の社会党を弱体化できる。

★人格的には、問題だらけの中曽根でしたが、国鉄民営化=JR、電電公社民営化=NTT、専売公社民営化=JTは、行政改革としては立派に評価できるものでした。

1986年(昭和61年)そのチャンスがやってきます。中曽根は党内基盤は弱いが(弱小派閥)内閣支持率は非常に高く、彼は解散総選挙に自信を持っていました。

 

≪野党に打撃を与える衆参ダブル選挙を狙う≫

★参議院議員の改選による、参議院通常選挙に、衆議院を解散して、ぶつけること。参院と投開票日を同日にすることです。

「ダブル選挙」を打たれると、資金力、組織力で脆弱(ぜいじゃく=もろい)な野党は不利です。

 

≪「死んだふり解散」とは≫

最高裁に指摘された、「一票の格差」を受け、同年5月22日、「公職選挙法改正案」が、参院を通過しました。

これを受け、後藤田正晴官房長官は、「この法改正で首相の解散権は制限される」と発言。

警察官僚出身の「カミソリ後藤田」こと後藤田官房長官は、中曽根派ではなく、田中派で、角栄の側近でしたから、中曽根は後藤田氏には随分と気を使っていました。

この後藤田発言で野党社会党、民社党、公明党は、中曽根は解散を断念したと勝手に思い込みました。

ところが、中曽根は、6月2日に臨時国会を召集して、衆院解散を断行しました。ダブル選挙で投開票日は衆参ともに7月6日となりました。

 

≪自民党史上最大の圧勝と、最大野党社会党の惨敗≫

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結果、自民党は、衆院;309議席(追加公認を含め)

参院;145議席

社会党、111議席から85議席に激減

 

それでは、衆院解散日の6月2日と、投開票日の7月6日の中曽根の行運(大運、年運、月運、日運)を見てみましょう。

解散日     1986年 丙寅甲 食神 比肩

6月 癸巳丙 比肩 食神

2日 丁丑己 傷官 正財

★中曽根の命式に、午と戌があります。年運の寅が来るので、寅―午―戌の三合火局の成立です。火局なので、風林火山の「攻勢の火」の暗示です。

2日に傷官が来ますが、その強運は、三合に持っていかれてしまいます。

投開票日    1986年 丙寅甲 食神 比肩

7月 甲午丁 比肩 傷官

6日 辛亥壬 正官 偏印

解散日同様、年運の寅で、先ず一組、三合;寅―午―戌が成立

月運にも午が来ますので、年運の寅と月運の午、命式の戌で、寅―午―戌の三合が、もう一組成立します。

7月は傷官が巡ってきますが、そんなのお構いなしに、午が三合に持って行ってしまいます。

★弱小総理が、大ばくちに打って出て大勝した理由は、このように三合で説明できます。

≪中曽根の「裏の顔」・・・昭和天皇、今上陛下の「訪韓」に拘った謎≫

私が、読後大いに驚いた本がある。

「中国共産党「天皇工作」秘録、城山英巳著、文春新書

★大筋は、国共内戦の勝利、共産中国の成立以来、毛沢東、鄧小平等は、天皇の訪中を、長い年月をかけて、工作してきた。

究極の目的は、2700年の血統を誇る日本の天皇を北京に招待することにより、中国共産党のレジティマシー(正統性)に根拠を与えることであった。

最終的には、今上の訪中で中国共産党の宿願は達成されるわけだが、中国共産党及び、駐日中国大使館の、政府官邸、自民党工作の過程に、中曽根が出てくる。

★ところが、中曽根は、天皇訪中よりも、訪韓が先だと考えていた。理由は、「韓国には植民地支配で迷惑をかけたから」だそうだ。

しかし、中曽根政権は、1987年までで終わり、そのころすでに昭和天皇は体調を崩されていた。

今上になっても、「訪韓」に拘った。しかし、自民党の支配者は、竹下登―金丸信に奪われて、口をはさめなかった。

★中曽根は、昭和天皇を訪韓させ、「ナヌムの家(自称元慰安婦の雑居家屋)」で土下座させたかったのだろうか?

西大門刑務所後で、昭和天皇に慰霊させたかったのだろうか?

発想が「半島人レベル」だ。

★中曽根大勲位は、1985年日航機墜落事件同様、「墓場にもっていかなくてはならない事」が多そうだ。

以上

 

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