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片目のダヤン氏寄稿(上)転載不可

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2018年05月25日

 

伏見様・でれでれ草様・読者の皆様:

片目のダヤンです。先ずは、投稿が約10ヶ月振り前後であることをお許し下さい。

昨年夏の所謂『ネットバトル』の最中、旧知の友人から連絡が入り、「また、丘に上がってみない?(海運業界に戻ることの意味)」で、海運会社の集荷営業ではない「運航部門」の上級オペレーター職に昨年8月から先月4月まで、歴任しました。

それから、今月5月から再び、私の天職である「集荷営業」にカムバック。そんな訳で、従来ほどの時間は取れませんが、数ヶ月に1回くらい程度なら投稿が可能。なお、昨年同様、中堅企業2社の貿易顧問職は継続しているし、土日の塾講師(現在は中高生に英語と国語を教えている)も昨年秋から実施。ホンネを言うと、「カネを稼いでも使う時間がない」のが、現状。

もっとも、古今東西の偉人の如く、そのカネを社会に還元するとか社会に寄付するまでの精神年齢には未だ、至っていない。

 

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本題に入ります。下記の田口君・山本さんは、共に小中学校時の知人・友人で、双方ともクラス会(OB・OG会)の理事。なお、名前は両者とも仮名。

それと、この田口君。昨年夏、ネットを賑わせた自称脚本家・他称ゲイが中退したと詐称した大学の職員であることを最近知った。だから、その当時、彼にこう訊けばよかった。

「昭和30年代後半から40年前半に掛けて、通名受験者(朝鮮人)名簿と文学部学生名簿をフロッピーに落としてくれない?」

これで、イチコロ。

「目を凝らして読んでいるかい?」衆道会の老人おホモだちと一緒に!兎に角、「超クサイのがお好きの面々」。

一方、マリリン・モンロー主演の名画は、「お熱いのがお好き」だった。

この原題名は、ゲイやホモ牛乳愛飲者が踊る黄泉の国に旅立つまで、覚えること。(SOME LIKE IT HOT) でも、早稲田大学文学部記念受験組(ゲイ組)には、酷の話だけど。

あとの得体が知れないマニラ妻を便宜上の配偶者にしている容姿・頭脳不具合兼日本国籍喪失者の老人。私は始めから彼に興味がなかった。何故なら、この老人―前科者特有の「ツツマシサ」や「シトヤカサ」が見事に欠落しているから。判り易い日本語(麻生でも判る)で説明すると、遠慮深い(思慮深いではない)でもなく、礼儀正しく、しとやかでもない。

只の◯◯遅れのケダ◯ノ。「フィリピン妻に平仮名のルビは振って貰ったかい?」それで、読めた?

もっとも、内容把握は問いません!

何故なら、幼稚園児に因数分解や微積分計算を求めることだから。もっとも、正解デキても「ハナマル」は付けないぜ!

只の痴呆老人だから。このオレは、昔から老人臭がキツイ野郎は、嫌いなんだ!

その他のブロガーには、触れません。だって、コモノ過ぎるから(They are too small potatoes)。

 

今月の17日、歌手の西城秀樹の死去が公表された晩、家内と私は近所のカラオケで、彼の往年の名曲「傷だらけのローラ」から「情熱の嵐」や「ヤングマン」等を熱唱。

いつもだったら、エアロスミスやディープ・パープル・レッドゼッペリンの楽曲だけど。小学校や中学校時代に聞いた曲が直ぐに歌える。

やっぱり、日本語の魔力というか言霊のチカラは凄い。

 

そして、翌日の早朝。実に奇妙な夢を見たので、小中学校のクラス会理事の両名に昔、付き合っていた彼女の消息を訊いたワケ。

彼女とは、小学校3年の時に知り合い、クラスは違ったが中学まで同じだった。その彼女が、病院のベットで病に伏している。頬は痩せこけ、頭髪もほとんどない。

でも、私が彼女の右手をそっと握ると、微笑んでくれた奇妙な夢。クラス会の理事によると、彼女はこの20年近く同窓会にも出席しないし、現住所も居所も電話番号も判らないとのコト。あと、この彼女で私が覚えていること。高校は都立高や私立校に行かず、宝塚音楽学校に進学した。

その際、学校の実技試験の他、私が中学校時代に綴った「読書感想文」や京都・奈良修学旅行を綴った「英文日記」の提出を彼女にせがまれたコト。

この当時、宝塚は受験時にその受験生が中学時代に書いた作文提出を厳格に要求していた。勿論、彼女は合格した。なお、両作文とも武蔵野市の中学生コンクールで入賞(前者が2等賞で、後者が1等賞)した。

それで、私が高校1年の夏休みに彼女の学校がある兵庫県三田(さんだ)に行くと、彼女同様美人ばっかりの級友を紹介された。

ホント、宝塚は美人の宝庫。その後、彼女と一緒に甲子園に夏の高校野球を観に行ったこと。今でも覚えていることは、兎に角、関西は蒸し暑い灼熱地獄(hotter than hell)だったコト。東京の暑さとは、比べものモノにならない。

以上が下記のメール。

また、この当時のコトは将来、書くかもしれない。題名は、「三人のヨーコ」。実は中学時代、二股ではなく三股だったから。

「ラーメン・つけ麺・ボクいけ面」の一発芸を凌ぐ勢いが、当時の私にはあった。

続きます

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