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四柱推命占い鑑定|帝国の衰亡|ロシア帝国|ニコライ二世(後)鑑定

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前段からの続きです。

命式を見てみましょう。

ロシア皇帝|ニコライ2世

1868年5月18日生まれ~1918年7月17日(50歳没)

・・・・・・上 中 下 宿命星 十二運 吉凶星

年柱    戊 辰 戊 偏財 偏財 衰 金輿禄

月柱    丁 巳 丙 傷官 食神 建禄 劫殺2個、文昌貴人、孤辰

日柱    甲 辰 戊    偏財 衰 金輿禄

時柱    乙 巳 丙 劫財 食神 建禄 劫殺2個、文昌貴人、孤辰

【寅卯空亡】

 

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【総合鑑定】人情に流され続け、やりたいことをやるだけやって、悲惨な最期を遂げた。

月柱の十二運に建禄が有ります。身旺の禄格(ろっかく)です。これで、私は、身旺と判断します。

5月生まれの甲(大木)です。初夏の杉の木ですから、陽光は降り注ぎ、水分不足にもならないので月令を得ています。

身旺であること、月令を得ていることから、命式としては、基本的に強いです。

ただ、外部からの攻撃の意味の劫殺が4個もあるのに驚きました。初めて見るケースですが、皇帝の命式としては不吉です。

金輿禄が2個も有るので、美しい妻をめとるという意味です。アレクサンドラ皇后が美人かどうかはわかりませんが「意中の人」だったそうなので、結構なことだったと思います。

文昌貴人が2個もあります。皇帝は亡くなる2日前まで日記をつけていたそうです。

革命が起きたときに、イギリスへの亡命の話がありましたが、「革命思想」が入ってくる恐れがあるということで、従兄弟のジョージ5世が拒絶しました。

これも従兄弟のドイツのヴィルヘルム2世が、ドイツへの亡命を進めましたが、「自分が前線指揮を執っておいてそれはできない」と謝絶しました。ある意味、愚直な人であり、レーニン等、ボリシェビキの残忍さを理解していなかったのは甘かったと思います。

食傷過多の成立

食神が2個、傷官が1個あります。食傷過多の成立です。

亡くなった50歳の大運は、46歳~56歳で、壬戌―偏印―養でした。壬戌の戌が、命式中の2個の辰と冲「ちゅう」を形成し、不吉な十年でした。

 

ロマノフ家の処刑

1918年7月17日にエカテリンブルクのイパチェフ館で射殺・銃剣突き・銃床で殴るなどによって殺害された事件

殺害されたロシア帝国のロマノフ家

皇帝ニコライ2世

妻のアレクサンドラ・フョードロヴナ、

長女オリガ、

次女タチアナ、

三女マリヤ、

四女アナスタシア、

長男アレクセイ

皇帝一家と幽閉先に同行することを選んだ忠臣

エフゲニー・ボトキン

アンナ・デミドヴァ、

アレクセイ・トルップ、

イヴァン・ハリトーノフほか

 

最後の日の行運について見てみましょう。

1918年07月17日

・18年 戊午丁 偏財 傷官・・・羊刃2個、白虎殺、血刃

・07月 己未己 正財 正財・・・羊刃

・17日  乙丑己 劫財 正財

1918年はけじめをつけられる傷官の年運でした。白虎殺、血刃、羊刃が2個も巡ってきます。

7月にも羊刃が巡ってきます。

ジョージ5世や、ジョージ5世の兄のエドワード8世とおなじく、恋愛結婚をしています。

「アレクサンドラと結婚するのが夢だ」と語り実現させましたが、「皇帝の夢」、が、「意中の女性と結婚する事」、というのは、どうも家庭的過ぎるような気がします。これは、第二次世界大戦に勝利したものの、植民地を失ったため「最後の大英帝国皇帝」となった、ジョージ5世にもいえることですが。帝国や国の運は、やはり、皇帝、君主の器量に添うのかもしれません。

ラスプーチンに反対されつつも、人情から、同盟国に殉ずるかたちで敗戦国入りしてしまったり、亡命できたのに拒否したり、人情の厚いいい人だとは思いますが、皇帝には不向きだった人だと思います。

次はアレクサンドラ皇后を見てみます。

 

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