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四柱推命占い鑑定|帝国の衰亡|忠臣・アンナ・デミトヴァ、従僕トルップ

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忠臣・女官アンナ・デミトヴァ

デミドヴァは「背か高く、優美なブロンドの持ち主」と特徴付けられ、Nyutaの愛称が与えられていた。チェレポヴェツの裕福な商人、ステパン・デミドフの娘であった。

1900年

友人からの紹介を通してロマノフ皇宮に仕えるメイドの職を得た

1918年7月17日

早い時間、監禁されていたイパチェフ館で睡眠を取っていたデミドヴァは他の被収容者とともに起こされ、地下階に降りるように言われた。

デミドヴァはその中に宝石が縫い付けられていた2つの枕を持参した。ヤコフ・ユロフスキー率いる銃殺隊による一斉射撃の後、気を失っていたデミドヴァは意識を取り戻し、「神に感謝!神が私を救った!」と叫んだ。

彼女の声を聞いた兵士達が銃剣を構えて迫ると、枕で身を守ろうとした。泣き叫び、壁を背にあちこち逃げまどう彼女を兵士らは銃剣で突きまくった。全ての資料がデミドヴァが激しく抵抗し、少なくとも30回刺された後で息絶えたと報告している。40歳没。

1998年7月17日

デミドヴァの曽姪、ナタリー・デミドヴァは、サンクトペテルブルクのペトル・パウェル大聖堂で執り行われた、80年前にイパチェフ館で亡くなったニコライ2世一家とその従者のための葬儀に出席した。

2009年10月16日

ロシア連邦検察庁(ロシア語版)はデミドヴァら従者を含めたボリシェヴィキによる赤色テロの犠牲者52名の名誉の回復を発表した

 

命式を見てみましょう。

アンナ・デミトヴァ

1878年1月26日生まれ~1918年7月17日(40歳没)

・・・・上 中 下  宿命星 蔵干 十二運 吉凶星

年柱  丁 丑 己 傷官 正財 印綬 冠帯 天乙貴人 華蓋 寡宿

月柱  癸 丑 己 印綬 正財 印綬 冠帯 天乙貴人 寡宿

日柱  甲 辰 戊    偏財    衰  金輿禄

時柱  癸 酉 辛 印綬 正官    胎  血刃 飛刃 咸池

【寅卯空亡】

 

【総合鑑定】天乙貴人2個も不幸から守れず。

十二運を見ると、冠帯、冠帯、衰、胎ですから、身弱です。月柱に冠帯が有りますが、帝旺や建禄ではないので身旺とはしません。

1月生まれの甲(大木)です。真冬で、気温が低く、水分不足です。従って月令は得ていません。

天乙貴人が2個もあります。世界史上初の共産革命という非常時ではありますが、エース貴人星も非命を救ってはくれなかったのです。

日柱の辰と時柱の酉が、支合を形成します。意味は「大吉」だったのですが・・・・・

血刃が有りますね。今の日本のような平和な国なら、怪我多い人で済みますが、皇帝一家と縁が合ったばっかりに巻き込まれてしまいました。

 

《印星殺の成立》

印綬が5個もあります。印星殺の成立です。ちなみに女性で印綬過多(3個以上)の人は、母親の溺愛で育った人だといわれます。

亡くなった40歳の大運は、32歳~42歳で、丁巳―傷官―病です。何と、傷官の大運だったのですね。

最後の日の行運を見てみましょう。

1918年07月17日

18年 戊午丁 偏財 傷官・・・血刃、羊刃

07月 己未己 印綬 印綬・・・羊刃3個

17日 乙丑己 劫財 正財・・・血刃、羊刃2個

 

1918年は傷官の年運ですね。傷官の大運の最中の傷官年ですから、最初から厳しい年であったわけです。血刃も羊刃も巡ってきます。

7月はお約束の印綬の月運です。羊刃が3個も巡ってきます。

17日は、血刃と、羊刃が2個も巡ってきます。

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従僕トルップ

ロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世一家のフットマン(男性家事使用人で従僕ともいう)。

元皇帝一家とともにエカテリンブルクのイパチェフ館に監禁され、1918年7月17日に彼らとともに殺害。

1981年に在外ロシア正教会によってソビエト政権による圧政の犠牲者として列聖された(新致命者)。

人生

ロシア帝国ヴィテプスク県の現在はラトビアに含まれる地域に生まれた。

1918年5月

両親達と合流するためにトボリスクからチュメニまで船で向かい、さらに列車でエカテリンブルクへと向かうニコライ2世の子供達に同行した。エカテリンブルクのイパチェフ館に滞在する従者の数は次第に減っていった。

2人が投獄され、6月には侍医のエフゲニー・ボトキン、メイドのアンナ・デミドヴァ、料理人のイヴァン・ハリトーノフ、皿洗いの少年レオニード・セドネフしかいなくなった。

7月17日

ヤコフ・ユロフスキー率いる銃殺隊によってニコライ2世と夫人のアレクサンドラ、夫婦の5人の子供(オリガ、タチアナ、マリア、アナスタシア、アレクセイ)、他の3人の従者とともに殺害された。トルップは銃殺隊による最初の一斉射撃で発射された弾丸が当たり、死亡した。62歳没。

1981年

7月17日の他の殺人被害者と同じく在外ロシア正教会によって列聖された。

しかし、彼自身はローマ・カトリック教徒であり、ロシア正教徒では無かった。

2009年10月16日

ロシア連邦検察庁(ロシア語版)はトルップら従者を含めたボリシェヴィキによる赤色テロの犠牲者52名の名誉の回復を発表した。

 

★フットマンとは基本的にイギリス上流階級の男性召使のことですが、男性使用人は、女性使用人より、コストがかかりました。それは、「使用人税」があったからです。

元々は、貴族の馬車に随走するので、フットマンと呼ばれ、従って身体能力の高さが要求されました。税金コストのこともあり、フットマンを雇うことはその家にとって一種のステイタスシンボルでした。

 

それでは、命式を見てみましょう。

アレクセイ・トルップ

1856年4月8日生まれ~1918年7月17日(62歳没)

・・・・・・上 中 下 宿命星 十二運 吉凶星

年柱    丙 辰 戊 正官 印綬 墓 飛刃 暗禄

月柱    壬 辰 戊 傷官 印綬 墓 飛刃 暗禄

日柱    辛 酉 辛    比肩 建禄 紅艶 咸池

時柱    乙 未 己 偏財 偏印 衰  寡宿

【子丑空亡】

 

【総合鑑定】暗禄2個も、「大吉ダブル」も「印星殺」には抵抗できない典型的事例。

十二運を見ると、墓、墓、建禄、衰ですから、身弱です。

4月生まれの辛(小刀)です。辛は秋が旬ですから、月令は得ていません。

日柱の酉と年柱と月柱の辰が二重に支合を形成します。意味は「大吉」です。

乱世ではなく、平和な時代だと成功者によくみられるサインだったのですが・・・・

人生のピンチを救ってくれる暗禄が2個もあります。しかし、皇帝一家との縁が、「もらい事故」になってしまいました。

《印星殺の成立》

印綬が2個、偏印が1個有るので、印星殺の成立です。

亡くなった62歳の大運は、59歳~69歳で、戊戌―印綬―冠帯で、お約束の印星の大運です。しかも、戊戌の戌が、命式の2個の辰と二重に冲「ちゅう」を形成します。

超不吉な十年間でした。

最後の日の行運を見てみましょう。

・18年 戊午丁 印綬 偏官・・・血刃2個、羊刃3個、囚獄、白虎殺

・07月 己未己 偏印 偏印・・・羊刃

・17日 乙丑己―空亡 偏財 偏印・・・血刃

 

1918年はお約束の印綬の年運でした。凶星が揃い踏みですね。

07月もお約束の偏印の月運です。羊刃が巡ってきます。

17日もお約束の偏印が巡ってきました。血刃も来ました。

 

 

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2 件のコメント

  • 皮肉なことに、使用人の方がむしろ強運だったのですね。皇帝一家に召し抱えられるということで運を使いきってしまったのかしら。皇帝に亡命した方がいい、と進言出来ていればよかったのですが。別の職に就いていたら、人並みにしあわせな人生だったかもしれないですね。

    • きなこさんへ

      確かに、四柱推命的には、相手に強運を吸い取られる相性というものは有ります。
      しかし、為政者としては力不足でも、家臣に運命を共にする、決断をさせるほど
      皇帝一家は人間的に良い人だったのではないでしょうか。

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