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女子高生コンクリート殺人事件総括⑮|日本共産党と朝鮮人の戦前からの関係

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⑭からの続きです。

≪4人のサイコパスの量刑が「不当に軽くなった」のは、当時は問題視されなかった「在日特権」だ≫

テレビ局とスポンサーを支配する「巨大広告代理店」電通に、在日朝鮮人の成田豊が、1993年、社長に就任し、18年間死ぬまで君臨すると、益々、テレビ局の「韓国・在日批判」は絶対タブーになりました。

成田は、1928年朝鮮半島で生まれ、15歳まで半島で育ちました。

日経新聞の「私の履歴書」で、戦前の朝鮮半島の日本統治のやり方を、明白に批判していた珍しい人物で、朝鮮人と知るまでは、「日本人らしくない人」だと怪訝に思っていました。

 

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《日本共産党と朝鮮人の戦前からの切っても切れない不可分の関係》

戦前から戦後にかけて日本に金天海という朝鮮人がいました。

【金天海】

1899年5月10日 – 没年不明、在日朝鮮人の左翼活動家。在日本朝鮮人連盟最高顧問。日本共産党中央委員。

「天海」は僧名。当時日韓併合前の大韓帝国(後の大韓民国)慶尚南道蔚山郡出身。日本大学中退。

仏教修行の為に、本土に来ましたが、左翼思想に目覚め、当時、弾圧されていた日本共産党の革命思想と朝鮮の独立を融合した左翼活動家になった。商才も有り、戦前の共産党に資金協力し、大きな影響力を持ち続けた。

戦後は1945年10月10日、寺尾五郎が豊多摩刑務所から出所し、400人(多くが朝鮮人)が寺尾を出迎えた。寺尾ら400人は、数台のトラックに「歓迎・出獄戦士・万歳」と書かれた幕を貼り付け、トラックに分乗して府中刑務所に向かった。

同日、徳田球一、黒木重徳、志賀義雄、金天海、山辺健太郎ら16人が、府中刑務所から出所した。寺尾ら400人が出迎えた。府中刑務所前で、徳田と志賀が挨拶し、天皇制の打倒と人民共和国樹立を目標とすることを宣言した。

金天海は、「日本帝国主義と軍閥の撲滅」「天皇制の廃止」「労働者農民の政府樹立」「朝鮮の完全独立と民主政府の樹立」を訴えた。

出獄歓迎の群衆2000人は、芝田村町の飛行会館で、「出獄同志歓迎人民大会」を開催し、新橋と銀座に出て、デモを行なった。

以上

★共産党の中央委員にまで登りつめた金天海は戦後は北朝鮮に戻りましたが、金日成と関係が悪化して、収容所送りとなり以降は、消息は途絶えました。

 

《朝日新聞は部数が減少しても100万部で下げ止まる》

★過去2年間「モリカケ」1本で、安倍総理に対して「倒閣運動」をしましたが、「慰安婦問題の誤報」等で、ここ数年確実に部数を減らし続けています。「押紙(おしがみ=新聞販売店に押し付け販売させる部数)」を除いても100万部を切ることは無いでしょう。

何故なら、朝日新聞の堅固な固定読者は、帰化朝鮮人と在日韓国朝鮮人が多いからです。

彼らは岩盤のように、「朝日支持」を止めません。それは、安倍政権で日本が「普通の国」になることが、戦前、自分達を支配した強大な大日本帝国が復活する恐怖感とつながるからです。

 

《同年に起きた「名古屋アベック殺人事件」との量刑の比較》

こちらも、酸鼻を極めた凶悪事件でしたが、少年2人、成人1人、少女2人のうち、主犯と従犯の少年2人が無期懲役となって

今、現在収監中です。無期は軽いと思いますが、それでも一審の地裁判決では、主犯少年にちゃんと死刑判決が出ました。

二審の高裁では、「少年犯罪死刑回避請負人弁護士」の安田好弘が暗躍して、無期への減刑を勝ち取りました。

普通、少年犯罪の「無期懲役」では、「模範囚」なら、数年で「仮釈放」されるのが常ですが、拘留期間も含めると30年はゆうに超えるので、今後「仮釈放」があるかどうかわかりませんが、懲罰としては、既にある程度の効果は出ていると思います。

被害者遺族の、何人かが心労で亡くなられているので、私としては、「仮釈放」無しの事実上の「終身刑」で罪を償ってほしいと思います。

出所した3人は、被害者遺族への謝罪と、賠償金の支払いが途絶えているのは許せませんが、再犯したという情報もないので、「コンクリ事件」のサイコパス連中に比べればまだましだと言えるでしょう。こちらの、加害者5人は、自分なりに情報を集め検証したら、姓名から「在日疑惑」があるのは高〇某一人のみでした。

 

《何故「コンクリート事件」では、死刑判決が出なかったのか?》

【永山基準】2人以上殺害したら死刑、1人までは死刑回避

昭和43年の、4人を銃殺した少年犯罪の「永山則夫事件(当時19歳)」の判決で、量刑として「死刑判決」を出す場合の判断基準として「被害者の人数」が加えられました。この基準が、その後も大きな影響を与え、また「一人歩き」して、少年犯罪の場合、犠牲者一人の場合は「死刑回避」の判決が積み重ねられるようになりました。

「名古屋の場合」は、被害者が2名だったので、当然、一審では死刑判決が出ましたが、「コンクリート事件」の場合は、被害女子に対する、監禁日数が40日間に及んだにもかかわらず、「犠牲者が一人」という条件のみで、主犯宮野に対しても「死刑判決」も「無期懲役」も免れ「20年の有期刑」となるという、遺族にとっても「世間」から見ても、非常に「不条理」で「軽すぎる量刑」となりました。

★被害女性の遺体を詰めたドラム缶はゆうに300kgは越えるもので、4人の加害少年だけで、トラックに積み下ろしするのは不可能です。有料でレイプした大勢の少年共犯者たちが協力させられたと考えるのが自然でしょう。

 

《「永山基準」は非常に「不条理」で早期に「人数条件」は撤廃すべきだ》

調べた範囲では、「永山則夫事件」以前の、戦後の少年犯罪は、被害者が1名でもちゃんと死刑判決が出て、執行もされています。

永山事件以降、「被害者1人は殺し得」といった遺族と「世間」にとっては、納得のいかない少年犯罪が激増しています。

★その意味で「永山基準」の最大の利得者は、この「コンクリ事件」の4人のサイコパス達だと断言できるでしょう。

次号へ続きます。

 

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