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寄稿|片目のダヤン|(下)柴又三丁目女子大生殺人放火事件(転載禁止)

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中段からの続きです。

【犯行の動機】

被害者小林順子さんが通っていた上智大学外国語学部英語学科在学生の進路先は大凡、以下の3つに集約されます。

  • 国際金融機関を含む外資系金融会社の海外渉外部の配属を希望
  • マスコミを含む大手メーカーや商社の海外部又は海外営業部の配属を希望
  • 海外留学を経て国内の大学・高校の教職者・研究者に成るべく助手・講師を希望

 

 

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上記から、小林順子さんはアメリカ留学の2日前に殺害された状況判断から、実行犯はその留学を是が非でも「阻止」したかった恣意的理由が浮かび上がって来ます。その前に、筆者の「上智観」を言及します。私が属した外資系海運会社は、この殺人放火事件があった翌年の1997年に業界初のTOEICテストを導入しました。

このテストの表向きの理由は、「国際化に伴う国際人の育成を図る」モノでしたが。要は、抜本的な足切の人員削減。日本国内の全社員230名のうち、そのTOEIC導入後は、103名に減少しましたから。そう、実質上45㌫の人員カットで、830点(スコア)に届かぬ者は、3ヶ月後にサヨナラ。

もっとも、私は最初のテストで高得点(975点)を取得できたので、全社員(東京・名古屋・大阪を含む)に勤務終了時の5時から、このTOEIC対策を教えていました。ある晩、この上智大学出身者と酒を飲む機会がありました。一人は、その当時の私より13歳年上で、経済学部卒。もう一人は、私より8歳年下の法学部卒。

実は、この当時の二人の台詞が忘れられないのです。「ボクたち、屈折した大学の出身ですから!」要は、この2名とも受験生時から難関私大文系一本に絞り込み、英語のみに特化して大学に合格。でも、入学すると周囲は「そんな者」ばかりで、却って落胆してしまう。畢竟、二人とも会社の要求スコアに届かず、失意のドン底を経験して組織を去りました。受験英語の単純技能者は、実用英語堪能者には豹変しなかったのです。

話を元に戻します。恐らく、小林順子さんの知人や友人に上記②「マスコミを含む大手メーカーや商社の海外部又は海外営業部の配属を希望」する者が絶対、居たハズです。一方、その彼女はマスコミよりも「広告代理店」での勤務を切望していた。多分、実行と順子さんは、この媒介役の知人等を介して、四谷の上智キャンパスや四谷駅付近の飲食店で絶対、2~3回以上遭遇しているハズです。

最初の会合は、この上智OGやOBも列席した。しかし、2回目以降は会社(広告代理店等)の命令なのか?或いは恣意的な考えなのか?この実行犯のみの男になってしまった。但し、広告代理店への就労を希望する知人等は(同級生)は常に、その会合に出席した。ここからは、私の犯罪に於ける深層心理分析に基づく推理・推察です。

初対面で小林順子さんを大変好きになってしまった(loving too much at first sight)実行犯は、その年齢差や格差婚や人種差別を全く気にせず、四ツ谷駅前の交差点で彼女にこう告げた。この時、その告白を事前に察した知人等の同級生は、足早にその交差点を渡り切っていた。

「このボ・ボ・ボクと結婚してください!お願いします」彼女は、ちょっと考えたフリをしてこう答えた。「それはできません。9月から留学もするし。それと、私は朝鮮人が嫌いなんです!」この時、四谷駅前の交差点では、タクシーがけたたましく鳴らすクラクションが鳴り響いたとされる。その時間帯は、夜の8時過ぎ。

小柄の中年男が天を仰ぎ、その横断歩道の真ん中にしゃがみ込んでしまったから。語気が強くて、気性が荒いとされる雲助ことタクシー運転手は、こう叫んだ。「テメエ、死にたいのか?」「テメエの保険金とオレのクルマの修理代。どっちが高いのか知っているのか?このチビの朝鮮野郎!」

この晩を境界にして、(仮名)井口聖(いぐち・ひじり)は四六時中、塞ぎ込むようになった。この当時、彼は実家のある神奈川県川崎市から会社に通勤していた。そんな息子の落ち込みを察した母親の宅代(たくよ)は、聖の弟である聖ニにこう電話連絡した。

1996年代、携帯電話の個人普及率は現在の180㌫に対し、その三分の一の60㌫くらいだったとされる。だから、宅代は家の固定電話から聖二の職場に連絡を入れた。

「アンチャン(聖のこと)が最近、ずっと沈んでいるの。オマエ、アンチャンに会って元気を出すように云ってくれないか?」

 

ここで、(仮名)井口聖二の経歴を記したい。

次男坊の聖ニも兄の聖と同じく、東京都新宿区若松町にある「東京韓国学校」(文科省では各種学校の位置付け)に小学校から、通学した。亡き父親の遺言でもある「男は学問だ!その学問の言葉は朝鮮語と英語で身に付けろ?」

しかし、この川崎市堀の内でソープランド(旧名トルコ風呂)を経営していた父親が兄聖の東京韓国学校の中学2年時に亡くなると、その教育環境は逆転した。母親の教育方針が勝ったのである。「日本で生活する以上、日本語を勉強しなくちゃ!」これをもって、聖は高校から神奈川県内の底辺県立普通高校に進学した。

また、4歳下の弟、聖二も東京韓国学校の小学校部を終えると、川崎市内の公立中学校に転校した。但し、聖二が韓国小学校時代に会得した華麗な「万引き」と「カツアゲ」癖は、中学校に入学しても治癒せず、彼の中学校卒業証書は、収監されていた少年院で同刑務官より、授与されたとされる。

その後、彼はペンキ職人の見習いから始まり21回の転職後、その当時は神奈川県相模原市で、土木作業員をしていた。この作業現場で、鉄パイプ等を固定するガムテープ。聖二これを犯行現場に持ち込んだ。窃盗犯の誕生!だから、その布付着テープには、三種類の「犬の毛」が付着していたと、考えられる。

兄の聖が小林順子さんの右首を何度も斬り付け、ぐったりした彼女の口と両手に、聖二がこのガムテープを巻きつけた。そして、聖二は古紙回収業で習得した「かがり結び」を彼女のストッキングを脱がして、両足首にそれを施した。

その後、兄の聖は被害者の頭から上半身にかけて、夏用の掛け布団で覆った。この時、二人の男が遺体に向って、手を合わせた否かは定かではない。この後、聖は仏壇のマッチを用いて、2階と1階の押入れに火を放った。原始的放火魔の再臨!(Primitive Pyromania Coming!)

ここで、「犯行の動機」を締め括る在日極悪兄弟、(仮名)井口聖と(仮名)井口聖二の犯行前の会合を再現したい。場所は、川崎市内の「ボシンタン鍋(犬肉)」屋。弟の聖ニに何度も朝鮮マッコリ(朝鮮ドブロク)を勧められて、兄の聖はやっと重い口を開いた。

「オレは、チョッパリ(日本人の蔑称)のアマ(女性の蔑称)にフラレタ!でも、悲しいより悔しんだ!人前で朝鮮人と、罵られて!」聖は、四谷駅前の交差点で、小林順子さんへの告白に基づいた会話の一部始終を聖二に話した。二人の間に長い沈黙が続いた。マッコリで顔を赤らめた聖二は、愛煙するショートホープに鍋の火を点火すると、静かにこう云った。

「アンチャン、昔トウチャンが職場(ソープランド)のボイラー室で、俺たちにこう言った」「日本人には学問で勝つ!でも、差別と侮辱は別だ!これらは、殺人と放火で正当化する!」自身の愛(この場合は、不倫)を正当化しろと、喝破したのはロック歌手のマドンナ。彼女がこれを聞いたら、びっくり仰天したに違いない(Justify My Love)。

聖の沈黙は続いていた。しかし、彼は居住まいを正すと、こう言った。「オレはあのチョッパリのアマの口を塞ぐ。聖二、チカラを貸してくれ!」この時、二人が直立して店の奥に鎮座している金日成と金正日の写真に向って、深々とこうべを垂れている姿をこのボシンタン鍋屋の女性朝鮮従業員は、目撃したとされる。但し、朝鮮総連には通報をしなかったらしい、仮に通報していたら、二人とも総連の監視下に入ったに違いない。

ここにアンビヴァレンス(ambivalence)こと対立二者感情が、生じた。英語のラブ・アンド・ヘイト(love and hate)が示す通り、好きなんだけど憎たらしい。それが、ラブバイト(love bite)の如く、そもそもの愛情を始めから噛み砕くことに豹変した。なお、この表現は(affection)であって、(affectation)ではない。念のため。

 

【実行犯について】

  • 実年齢

2019年1月現在、小林順子さんの右首を数回刺した男は現在、50代後半から60代後半。それと、補助役のもう一人の犯人は40代半ばから50代半ばと、推定したい。

  • 学歴と職歴の推定

既に、もう一人の縛り役で仮名井口聖二(いぐち・せいじ)についてはプロファイリングしたので、実行犯の仮名井口聖(いぐち・ひじり)について、述べたい。先ず、間違いなくこの男は「大卒」と認定したい。その根拠は、事件の数時間前だから当日の午前中、「京成高砂駅で、柴又3丁目はどこですか?」と道を尋ねた男に合致するから。

また、私は学歴差別主義者でないことを弁明したい。でも、大卒と非大卒の違いは、実に簡単な理由・思考形態から判明する。

―場所を特定できる。だから、当該場所を地図に描けるのが大卒で、それが出来ないのが非大卒に多い。要は、幾何の基礎となる小学校時代の面積の求め方が出来ないから。

―自分の考えを文章で纏めることが出来るのが大卒で、それが出来ないのが非大卒に多い。要は、卒業論文やレポートを書いた経験がないから。

それと、実行犯の職業は70対30の割合で、特定できる。彼はその当時、広告代理店勤務若しくはデザイン会社勤務だったに違いない。英語表現の(instinct/intuition/hunch/got-feeling)の直感・直観に関する概念の違い。万が一、小林順子さんが生存していれば、これらの相違点を朝まで語り合いたかった。そう、間違いなく彼女は、一流の米語に基づく「比較言語学者」に成っていたハズ。残念!

 

【特定捜査への要望】

ここでは、以下の組織から当時の実行犯と補助者を特定すべく、「名簿(学生・会員等を含む)」を大至急、入手して解析して戴きたい。

  • 上智大学1997年の卒業アルバム/卒業名簿。恐らく、総合大学に成ればなる程、他学部との交流は少なくなりますが。念のため。そこから、広告代理店やデザイン会社に就労した「女子学生」全員に再度、接触して戴きたい。何故なら、彼女等の1人が被害者サークルの「S」と「F」を繋ぐ積極的な媒介役だったから。

 

それと、その媒介役の女性は辛うじて、念願だった広告代理店等の就職内定を得ることが出来た。そう、彼女は小林順子さんを始めから嫉妬していた。最初の上智OGやOB面接で絶対、このように詰問されたから。「キミより、優秀な学生っていないの?いるなら、是非とも紹介してヨ!」それで、彼女は小林さんを紹介した。

しかし、好事魔多くの如く、広告代理店勤務の男がその小林さんを気に入ってしまった。これが悲劇の始まり。これは私のカンだけど。この媒介役の女性も在日朝鮮人・韓国人である可能性が極めて高い。このオチは、実行犯が小林順子さんを殺害後、この女性と婚姻届を出している可能性も否定出来ないこと。何しろ、朝鮮人の精神構造や生活習慣は、解析不能だから。哲学者ショーペンハウアーも顔負け。

 

  • 総連こと「朝鮮総連」。日本事務所は事実上、解体して消滅したが、その会員名簿はすべて日本国内に残っている。何処かの地下室か?それとも信濃町の創価学会本部の地下資料室か?或いは、海外送金取引があった某M都市銀行の貸金庫内にフロッピー化して保存している可能性も否定できない

 

  • 民団こと「在日本大韓民国民団」東京地方本部と大阪支部。現在、ここに圧力を掛けられる組織は、公明党と一部の左翼政党しか存在しない。それでも、兎に角、会員名簿を入手して戴きたい。この名簿入手をキッカケとして、未解決事件に於ける精密かつ正確な「被害者サークル」が捜査上、誕生することは、私の見解だけではあるまい。なお、ここまで(②と③)は、在日家族名簿を含む会員名簿。

 

  • 実行犯の仮名井口聖(いぐち・ひじり)が進学したとされる大学。私の直感で、彼は以下の6大学から広告代理店若しくはデザイン事務所に就労した痕跡が随所に見えます。従って、彼の学生時代を逆算(1975年―1985年)して、当時の「広告代理店」や「デザイン研究会」の部員名簿を入手して戴きたい。この手の名簿って、不思議と残存しているが私の経験知。これを②又は③と、比較対照して下さい。

―青山学院大学

―立教大学

―成城大学

―成蹊大学

―創価大学

―玉川大学の6大学

因みに、私が昔シンポジウムの懇親会で遭遇した日本語発音が怪しかった2人の野郎は、共に立教大学出身。正に、LOLこと大笑い。LOL=laughing out loud。

  • 東京韓国学校―新宿区若松町2-1。ここは正に、宝の山(treasure mine)です。学生名簿を一旦入手すると、ビックリ仰天(flabbergasted)するくらい未解決事件の糸口が掴める情報が満載。そんなところです。絶対的にその名簿には、「通名」と「本名」の2つの名前が列挙されている可能性大。ここでは、兄弟名に注目して下さい。

 

それと、刑事さん。神田付近の雑居ビル内に住居を構える自称脚本家・仮名・金芸老・金盗作の任意捜査(強制捜査ではありません)をお手隙の際、行って戴ければ幸甚です。この老人―スバリ、疑惑の総合商社の鈴木宗男を凌ぐ「背乗り犯罪の百貨店」です。未だに、危険薬物「ハルシオン」を脚本家組合から不正に入手し、重度の服用を繰り返している確固たるウワサ。ヤク中の在日学歴詐称老人。

次号へ続きます。

 

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