無限拡散|デニス・テン(9)|大韓帝国 と閔肯鎬(テンの高祖父)

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(8)からの続きです。拡散希望です。

デニス・テン

さて、デニステン殺害事件の報道はこのくらいにして、本題に戻りたいと思います。彼の家系を丹念にさかのぼると、なぜ、練習妨害を起こしたか、不愉快な言動をとり続けてきたのかが理解できます。

デニステンの家系を遡るポイントは

①大韓帝国

②閔肯鎬(デニステンの高祖父)

です。

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大韓帝国とは・・・・Wikiより

https://web.archive.org/web/20190705102433/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%9F%93%E5%B8%9D%E5%9B%BD

は、1897年から1910年までの間李氏朝鮮が使用していた国号。朝鮮半島最後の専制君主国であるが、日露戦争後は日本の保護国となり、1910年8月の韓国併合によって滅亡した。

ここから先は、私の言葉で解説します。

明治維新で近代国家を成立させた日本は、内政を整えた後、次は「安全保障」を盤石にすることが「焦眉の急(しょうびのきゅう)」でした。

焦眉の急とは

https://web.archive.org/web/20190705104426/http://kotowaza-allguide.com/si/syoubinokyuu.html

【意味】 焦眉の急とは、非常に差し迫った危険、問題を抱えていることのたとえ
注釈】 眉毛が焦げるほど近くまで火が迫っていて、きわめて危険な状態である意味から。
「切迫する事態とはどんな事だ?」との問いに対して、「火が眉をやく時だ」と答えたという中国の禅問答故事によることば。

 

国家の安全保障は基本的に「地政学」で考える

ブレクジットのところでも書きましたが

ブレクジット(8)|韓国の釜山に「赤旗」が立ったら日本はオワコン

※ブレクジット(8)|韓国の釜山に「赤旗」が立ったら日本はオワコン

世界地図で、わが日本国、日本列島を見ると、生き物に例えると、北海道が頭、本州が胴体、九州と四国が両足、奄美、沖縄諸島が尻尾で「龍」の形に見えます。縁起がいいですね。

しかし、西側にはユーラシア大陸があり、そこからエビのような形をした朝鮮半島が伸びています。

その形は、日本列島という「龍」の形をした国の、いわば「腰」に刺さろうとしている「巨大なナイフ」に見えます。

ですから、前にも述べましたように、朝鮮半島が統一国家を作っても、

日本と

  • 自由と民主主義という価値観
  • 経済は資本主義
  • 相互不可侵という友好関係

上記3点をすべて満たす国家であれば、問題ないのです。

また、現状のように「南北分断」であっても、上記3点の条件を、「南朝鮮の国家」がすべて満たせば、安全保障上は問題ありません。

ですから、北朝鮮が、自ら「日本人拉致問題」を解決し、「核を放棄」し核兵器も完全廃棄して、核開発施設も全て撤去するのであれば、日本は北と独自に国交を結び「南北分断固定化」のままでも全く支障はないです。

できれば、北朝鮮の、「金氏朝鮮王朝」が崩壊し、民主主義国家ができるのがベストですが。

当時の大日本帝国から見た「朝鮮半島情勢」はどうだったでしょうか。

 

弱肉強食の列強帝国主義時代に、朝鮮半島を「無能国家」が統治することは、そのまま日本の安全保障に対する致命的な脅威だった

当時の「李氏朝鮮」の現状

https://web.archive.org/web/20190705112134/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%B0%8F%E6%9C%9D%E9%AE%AE

は、1392年から1910年にかけて朝鮮半島に存在した国家。李朝は歴史の順番によって高麗の次の王朝にあたり、朝鮮民族国家の最後の王朝で、現在までのところ朝鮮半島における最後の統一国家でもあった。

★無駄に618年も続いた稀に見る長い王朝でした。

1392年に李成桂というツングース系という説もある将軍が、当時の高麗王朝に対し、軍事クーデターを起こして、王族を皆殺しにして建国しました。

ツングース系民族とは・・・・Wikiより

https://web.archive.org/web/20190705113514/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%82%B9%E7%B3%BB%E6%B0%91%E6%97%8F

満州からシベリア・極東にかけての北東アジア地域に住み、ツングース語族に属する言語を母語とする諸民族のこと。

狩猟

狩猟は家畜の飼養,農業,馴鹿の飼養に適した地方を除くすべての地方において、ツングースの主要な生業である。獲物は主に食用として、毛皮の供給源として利用する。主な動物は栗鼠,狐,熊,山猫,黒貂,野猪,鹿である。

学術的に厳密に定義するとややこしくなりますが、「東洋史」をざっくりと見る限り、中華帝国の中世から、現在の東北部に勢力を広げた、女真族の「金」や、「清」の満州族のイメージです。

「生業」は、狩猟や家畜の飼育です。

中世の「金王朝」や、清帝国を作る前の満州族は、万里の長城を超えて、中国の「河北」地域に侵入し、漢民族の農民を「拉致」「連行」しては、旧満州国の領域で、農業、主に「畑作」をやらせていました。

北朝鮮の金日成は実は朝鮮人ではなく、ツングース系という説もありますから、「拉致」はツングース族の伝統かもしれません。

建国した李成桂は、宗主国の明帝国に使者を出し「どうか国号を決めてください」と明朝の皇帝にお願いしました。

使者「候補としては、「和寧」と「朝鮮」があります。

明朝皇帝「和寧は既に地名にあるから「朝鮮」にせよ」といわれて、国号を「李氏朝鮮」に決めました。

国号を偉大なる中華帝国の明朝皇帝から授かったのだから「朝鮮」及び「朝鮮人」が差別語であるはずはありません。

★ついでに言えば、今でも韓国では、日本人のことを「倭人」「倭奴(ウェノム)といいます。韓国ネチズンも同じです。

「倭」とは、背が低く醜いことです。

ですから、「倭人」とは、日本人の身体的特徴を侮蔑したれっきとした「差別語」です。

確かに、東アジア、中国、韓国、日本の成人男性の平均身長は韓国が最も高く、日本人が最も低いのは事実ですが。

古代の「三韓時代」・・・高句麗、百済、新羅

そして、高麗王朝も、600年以上も続いた王朝ではないんですから。

冊封体制(さくほうたいせい)とは・・・・Wikiより

https://web.archive.org/web/20190705115659/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%8A%E5%B0%81%E4%BD%93%E5%88%B6

中国の歴代王朝の君主(元朝、清朝を含む)たちが自任した、称号・任命書・印章などの授受を媒介として、「天子」と近隣の諸国・諸民族の長が取り結ぶ名目的な君臣関係(宗属関係/「宗主国」と「朝貢国」の関係)を伴う、外交関係を規定する体制の一種。「天子」とは「天命を受けて、自国一国のみならず、近隣の諸国諸民族を支配・教化する使命を帯びた君主」のこと。

ざっくりポイントを言うと

  • 周辺国は、中国皇帝に「臣下の礼」を取ることにより、自分の「王朝」「政権」の「正統性」を認めてもらう。
  • 毎年、物産を朝貢(ちょうこう;贈り物)する。
  • 清代にはインド以東の国ではムガル帝国と鎖国体制下の日本を除いて冊封を受けていた。

以上がお約束です。

★要するに中華皇帝の「属国」になることです。

 

同じ「冊封国」=属国でも朝鮮とベトナムの大きな違い

10世紀からのベトナム統一王朝は、「横着」して、王国を作っても、時の中華皇帝に挨拶に行きませんでした。

それで、先ず「宋」朝が

「生意気な奴だ(怒)懲らしめてやる」と遠征軍を送ります。

しかし、ベトナム人は強いのです。

宋軍を打ち破って、国外に撤退させました。

そのあと、しれっと使者を送って「ごめんね」と謝り、臣下の礼を取って、政権=王朝の正統性を認めさせます。

ベトナムの通史を読むこのパターンの繰り返しです。

宋の次は元朝、あのモンゴル軍も撃退しています。

ですから、親日的ではありますが、ベトナムの人が良く言うのは「日本も強いが、俺たちの方が強い。何故なら、日本はモンゴルに神風(台風)の助けで勝ったが、俺たちは自力で勝った」

まさにその通りで白藤江(バクダンコウ)の戦いという地上戦で勝っています。

モンゴルの後も、明帝国、清帝国の遠征軍も撃破して追い返しています。

そして、勝った後に、いつものパターンで、使者を使わして「臣下の礼」を取る。

これは、陸続きだから、攻められたくないからです。

ベトナムは、中国が共産党帝国になっても、「中越戦争」で、鄧小平が派遣した人民解放軍を撃破しました。

ベトナム戦争で「巨象」のアメリカ帝国にも負けなかった=勝った、本当に強い国です。

しかし、そのベトナムも、1887年から1951年までの67年間、フランスの植民地支配を受けるという屈辱の時代が有りました。

そうなった原因は、国内を二分する権力争いの片方が、ナポレオン3世のフランス軍を引き込んだために、隙に乗じられて、植民地にされたのです。

 

「江戸無血開城」をやった西郷隆盛と勝海舟は偉かった

薩長軍と幕府軍が、関東平野で大会戦を繰り広げたら、薩長が勝てばイギリスの幕府が勝てばフランスのいずれかの植民地になっていたでしょう。

勝は「千里眼」と呼ばれた男なので「ベトナムの失敗の事例」を知っていたのかもしれません。

彼の回想録の「氷川清話」にはその記述は有りませんが。

国家を二分する権力闘争や内戦に外国の軍隊の助けを求めてはいけない

これは鉄則です。今後も。

 

※次号へ続きます。

無限拡散|デニス・テン(10)李氏朝鮮の惨めな冊封体制(上)

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