無限拡散|デニス・テン(13)先祖・朝鮮独立軍の実体

スポンサードリンク

(12)の続きです。拡散希望です。

「義兵運動」の始まり

日露戦争に勝利して、ポーツマス講和条約で、日本はロシアに対して、朝鮮半島に対する「日本の権益」を認めさせました。

既に李氏朝鮮という国家は「機能不全」で臨終まじかになっていました。

★つまり、李氏朝鮮は朝鮮半島の統治能力が無くなっているということでした。

高宗は若い頃から酒色に溺れ、愚昧な国王でした。

 

スポンサードリンク



 

大日本帝国の安全保障を守るため日本自らが朝鮮半島を統治するしかなかった

列強もそれを承認していました。

第三次日韓協約の秘密条項により、大韓帝国軍が解散させられました。

職を失った閔肯鎬(ミンゴンホ)は、反乱に決起しましたが、日本軍に鎮圧され、処刑されました。

★遺族を逃した先がロシア領の沿海州で、幇助したのが安重根というのがポイントです。

安重根とは・・・・Wikiより

https://web.archive.org/web/20190630184029/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E9%87%8D%E6%A0%B9

大韓帝国時代の朝鮮の独立運動家であり、1909年10月26日に前韓国統監の伊藤博文[注釈 7]を北満州のロシア帝国が権益を持つハルビン駅構内で襲撃した暗殺者でもある。ロシア官憲に逮捕されて日本の関東都督府に引き渡され、1910年3月26日に処刑された。

現在は北朝鮮にある黄海道の道都海州府首陽山の両班の家に三男一女の長男として生まれた。

本人執筆の自伝によると、性格が軽急に近いので名(諱)を重根と、胸腹に黒子が7箇所あったので字は應七と名づけられたと言う

日韓併合に反対していた初代朝鮮統監の伊藤博文が、安重根に暗殺されたことにより、日韓併合の外交手続きは加速されました。

★安重根に死刑を執行した関東都督府の都督の大島義昌が、安倍総理の高祖父に当たるというのも奇縁でしょう。

大島義昌とは・・・・Wikiより

https://web.archive.org/web/20180914104705/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E7%BE%A9%E6%98%8C

日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、華族。関東都督、軍事参議官、第3師団長等を歴任する。官位は陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。第90・96・97代内閣総理大臣の安倍晋三は玄孫にあたる(安倍の父方の祖母・本堂静子が大島の孫娘)。

この血縁から、2012年第二次安倍政権が発足すると、死んだ安重根が21世紀に蘇り、安倍総理を暗殺するという質の悪い風聞が韓国で起きたのでした。

2019年7月現在、韓国の国際条約を無視した「徴用工訴訟」に対して、大韓民国の建国以来、全ての我儘や横車を認めてきた日本政府が、初めて、「経済制裁」という形で、韓国の極左政権と親北左派を懲らしめているのが安倍総理です。

「よくぞ踏み切ってくれた」とその決断を讃えると同時に応援しています。

 

朝鮮独立軍の実体は特権を奪われた旧両班階層だった

李王朝家の王族は、日韓併合後、大日本帝国の準皇族となり、そのほとんどが東京に移り、男子は陸軍に奉職しました。

華族としての手当は、日本の宮家を軽く上回り、世間では悲劇とされる梨本宮方子妃と李垠殿下の婚約も梨本宮家が熱心だったという説もあります。

朝鮮王公族

——帝国日本の準皇族  新城道彦  中公新書

朝鮮独立軍の嚆矢(こうし;はしり)は閔妃処刑に激怒した殺人鬼の金九でしたがこの男も両班階級でした。

女子高生殺人事件総括④テロリスト金九の四柱推命鑑定命式

 

高宗とは・・・・Wikiより

https://web.archive.org/web/20190626042058/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%AE%97_(%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%8E%8B)

李氏朝鮮第26代国王後に大韓帝国初代皇帝。韓国併合後は大日本帝国の王族として徳壽宮李太王と称された。

在任中は近代化競争時代だったが、近代国家への改革ではなく王権拡大に予算を費やした。独立後には、専制君主憲法を公布したり親露政策を採ったりと、国際情勢に反する行動をした為英米の不信を招き、結果日本に併合された。

高宗の評価

1890年代後半に東洋を旅し、高宗とも面会したイザベラ・バード

「背が低くて顔色が悪く、平凡な人で、落ち着きがなく、両手をしきりにひきつらせていたが、居ずまいやものごしに威厳がないわけではなく、愛想がよく、生来の人のよさがある」

「心やさしく温和だが性格が弱く、人の言いなり」

「性格的な強さと知性があれば名君になれたかもしれないが意志薄弱なのが致命的」

「聡明な妻・閔妃の強い影響下にある」

1905年に訪朝したセオドア・ルーズベルト大統領末娘アリス

「皇帝らしい存在感はほとんどなく、哀れで、鈍感な様子だった」

親露政策をとっていた大韓帝国を信用していなかったルーズベルト大統領の手紙

「日本が大韓帝国を取ることを望む」

朝鮮日報

「徹底して味方と敵を分ける陣営政治の先頭に立った」

「国際情勢に疎かった人物」、

「何かあれば外国公使館への避難・亡命説が出回る国家指導者」として、高宗美化は史実を誤解させると警告。

・戦時では米仏露の公館にそれぞれ逃げ込み、日米欧の列強諸国や宮廷内の権力いの間に翻弄されて、立憲君主制の時代に専制君主へ回帰する。

・朝鮮がもっとも国力疲労している時に国家予算を国家改革ではなく権威拡大に使って国を失った。

・外国勢力に頼りすぎる主体性の無さがかえって国内の混乱を招き、対外干渉を受け国を失った亡国の主という批判。

★気の毒なほどの「酷評」ですが、これ以上でも以下でもないでしょう。

 

高宗がハーグに3人の密使を送り外交権を回復しようとした事件

ハーグ密使事件とは・・・・Wikiより

https://web.archive.org/web/20190424063021/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B0%E5%AF%86%E4%BD%BF%E4%BA%8B%E4%BB%B6

1907年(明治40年)に大韓帝国皇帝高宗がオランダのハーグで開催されていた第2回万国平和会議に3人の密使を送り、第二次日韓協約によって日本に奪われていた自国の外交権回復を訴えようとするも具体的な成果は得られなかった事件。

事件後、高宗は統監府統監伊藤博文によって追及され退位した。

★列強の冷徹な国際政治のコンセンサス(合意)は李氏朝鮮に国際政治にかかわる「当事者能力」が無いと判断した

★伊藤博文を怒らせ、大韓帝国は外交権に加えて内政権も日本に接収されることとなった。

1907年7月24日、日韓併合条約を遡ること3年前に、事実上、李氏朝鮮という王朝は姿を消していたのでした。

(14)へ続きます。

無限拡散|デニス・テン(14)「独立軍」の正体

 

スポンサードリンク

スポンサードリンク

無限拡散|ネット犯罪|真島久美子の恐喝事件ほか

無限拡散|ネットの闇|井沢満、BB覚醒日記、トド子、ふぶきの部屋、バランス工房の正体

※コメントの投稿について
最近、工作員の嫌がらせや、常連読者様の成り済ましが増えております。そのため、コメントの投稿者のハンドルネームとメールアドレスの入力を必須とさせていただきました。メールアドレスは反映されません。管理人から、メールアドレス宛にメールを送ることもありません。ご了承ください。問題なく承認されている読者様はメールアドレスは変えないでください。(伏見)

5 件のコメント

  • デニステンの目元はどことなく明成皇后の面影があるように感じます。
    高宗って、背が低いとか愚昧だとか、ナルにちょっと通じるものがありますね。意外と遠い血縁関係にあったりして。安重根も関わっていたとは世間は狭いというか驚きですね。

    • きなこさんへ

      そうそう、デニステンと閔妃は面影が通じるものがありますね。
      高宗≒ナル鋭いですね。
      おっしゃる通り、世間も世界も狭いですよ。

  • fushimi にコメントする コメントをキャンセル

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です