構造改革の魔女・川本裕子⑤実母は中国朝鮮族か?

構造改革の魔女、川本裕子とその血塗られた既得権益⑤

ネオリベ(新自由主義者)の巣窟「脱藩官僚の会」

古賀茂明ー原英史とくれば「脱藩官僚の会」ですね。

(写真は毎日新聞に敗訴した「政商官僚」原英史)

実態は「組織不適合者の集う落ちこぼれ官僚の会」です。

★「最凶ネオリベ(新自由主義)企業、フューチャー株式会社の取締役 です。

フューチャーと言えば過去記事

https://akimasa-fushimi.sakura.ne.jp/wp/2021/11/13/%e3%80%8c%e6%88%90%e7%94%b0%e9%9b%a2%e5%a9%9a%e6%94%bf%e6%a8%a9%e3%80%8d%e3%81%ae%e5%91%86%e3%82%8c%e3%82%8b%e3%83%87%e3%82%b8%e3%82%bf%e3%83%ab%e8%87%a8%e8%aa%bf%e3%83%bb%e6%9c%89%e8%ad%98%e8%80%85/

に詳しく書きましたけど、絶対「NG]です。

★川本裕子は夫婦とも「ガチガチのネオリベ(新自由主義者)です(怒)

夫の川本明はwikipediaを筆頭に出身地の情報が皆無です。ただ「日本国」とあるだけ。

しかもwikiには「出典が皆無である」と警告まで発せられている。

 

川本裕子の実家の不思議

http://www.ewoman.co.jp/winwin/137/4/3

父は事業家でした。よく働き、よく遊びです。ゴルフのハンディは4というスポーツマンで飄々としていました。

セスナの免許も持っていました。小学校の運動会に「セスナで見に行く」と笑っていて、本当に、

お昼休みごろに小学校の上空を3回ぐらい旋回する、みたいな、型破りな、楽しい父でした。

仕事をするところは見たことがなかったのですが、

その母が教えてくれたことのもう一つは「あなたは陽気だし、きっと、らいらいの人になれるわ」ということです。

「らいらい」って「来る」を二つ書いて「来来」。母の造語かもしれない。

一緒にいると楽しくて、人がたくさん集まってくる、という意味です。

「来来の人」は、いいことばだと思っています。そうありたいです。

転載以上

 

「来来」は中国語です。

Google翻訳に賭けると、中国語で検出されるよ。

 

念のため、デジタル大辞泉等でみても

https://kotobank.jp/word/%E6%9D%A5%E6%9D%A5-655725

日本語で幾つか「用例」があるけど、川本が言っている「一緒にいると楽しくて、人がたくさん集まってくる」と言う意味はない。

 

★川本裕子の母親は「在日中国人」か「在日の中国朝鮮族」ではないか?

川本は昭和33年(1958年)生まれ。

この世代の母親は、余程の「晩婚」でない限り、「昭和一桁生まれ」が大半です。

10代後半の青春時代が所謂「戦中派」の人々です。

高等女学校で「中国語」の授業があるはずがない。

他校は知らないけど、私の母校の慶応でも「第二外国語」に「中国語」が入ったのは1977年の「日中平和友好条約」以降だと聞いています。

昭和一桁生まれの「純粋日本人女性」で「中国語がネイティブ」な人はいないと思います。

「父親の金持ち話」には随分と誇張があると思うけど、変なことを言っている。

「楽しい父でした。仕事をするところは見たことがなかったのですが、」・・・不思議だな~

日本人の子供は、自分の父親の「職業」に誇りを持ち、父親が「働いている姿」を見たがる。

CMでも「働くお父さんはカッコいい」と言うキャッチコピーがあります。

自分が「働いている姿」を子供に見せたがらないのは「韓国人家庭の特徴」だし、李氏朝鮮以前の朝鮮半島の伝統・風習でもある。

理由は、李氏朝鮮の両班らの「価値観」は「汗を流して働かない」ことであり「働くのは白丁(ペクチョン;奴隷や被差別民)」の証拠であったからだ。

川本の父親は在日韓国朝鮮人で、パチンコ屋チェーンや、焼き肉屋チェーンのオーナーではなかったのか?

続きます