秋篠宮殿下「立皇嗣の礼」無事完了②易姓革命を阻止

《竹中平蔵や菅義偉国家主席らの「反日新自由主義者」達が連呼する「規制改革」=「構造改革」とは皇紀2700年の「日本文明」を徹底的に破壊する「易姓革命」に他なりません(怒)》

※①からの続きです。

使用貸借契約とは・・・・Wikipediaより

は、当事者の一方(借主)が無償である物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することを内容とする契約。

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■要するに、秋篠宮殿下が「皇嗣殿下」から、次期天皇に即位されるまで、「無料」で「占有」するという契約ですね。

「皇嗣殿下」の間は「借用」、天皇即位後は、次代の悠仁様の「立太子の礼」の時に、相伝するという契約です。

相伝(そうでん)とは、代々受け継ぐことです。

東宮は英国王室の「プリンス・オブ・ウェールズ」と意味は同じです

プリンス・オブ・ウェールズとは・・・・Wikipediaより

は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)で王子に与えられる称号のひとつで、ウェールズの君主「ウェールズ公」を意味する。14世紀以来、次期国王として王位を継承すべきイングランド国王(後にはグレートブリテン国王、連合王国国王)の最年長の王子がこの称号を与えられるようになり、王位の法定推定相続人の称号となった。現在は女王エリザベス2世の長男チャールズがプリンス・オブ・ウェールズである。

 

BBCの記事に戻りますと

1947年に制定された皇室典範では、父方に天皇の血を引く「男系男子」のみによる皇位継承が定められている。

天皇陛下の子どもは娘の愛子内親王1人だけで男児はいない。法改正を求める声があるが、現状は愛子さまは天皇にはなれない。

長年の男系男子の不在により、政府は2004年、王位継承資格者を女性皇族に拡大できるよう法改正への取り組みを開始した。しかし2006年に秋篠宮夫妻に悠仁親王が誕生したことから、女性天皇に関する議論は保留となった。

仮に将来、悠仁親王に男児が誕生しない場合、皇位継承をめぐる問題は再燃する。女性天皇を可能にする法改正議論は今のところ保留されているが、政府が検討を再開する可能性もある。

転載終わり

 

《「愛子立太子」の陰謀は阻止されて、悠仁様への「皇位継承」が規定事実となりました》

後は、1年でも早く、秋篠宮殿下が天皇に即位されて、悠仁様が、ご健康に成長あそばされて「立太子」を待つのみとなりました。

 

《「皇族」と「日本人の血」が一滴も流れていない愛子様は「即刻」、「臣籍降下」するべき(怒)》

臣籍降下とは・・・・Wikipediaより

は、皇族がその身分を離れ、姓を与えられ臣下の籍に降りることをいう。賜姓降下(しせいこうか)とも言い、そのような(広義における)皇族を俗に賜姓皇族という。皇族女子が臣下に嫁すことで皇族でなくなる場合は臣籍降嫁(しんせきこうか)とも言う。また日本国憲法施行後は皇籍離脱(こうせきりだつ)の語も用いられる。

 

■「皇室典範」の条文を見ると

現在の皇籍離脱

皇室典範第十一条

年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。

2. 親王(皇太子及び皇太孫を除く。)、内親王、王及び女王は、前項の場合の外、やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。

皇室典範第十一条の第1項に、「年齢十五年以上の内親王」と有ります。

満年齢18歳の愛子さんは「自己の意思」で「皇籍離脱」する「権利」が有ります。

また第2項で、「やむを得ない特別の事由があるとき」でも「皇籍離脱」する「権利」が有ります。

将来、悠仁様の「立太子」または天皇即位以降、「愛子さんご自身の存在」の為、「皇位継承」に支障が生じる恐れが相当高い確率で予想されます。

その際に不愉快な思いをされるのは「愛子さんご自身」です。

是非、ご両親に相談の上「皇籍離脱」してください。

「臣籍降下後」は、「賜姓」としては、母方の実家の「小和田姓」が既に用意されています。

お住まいも、目黒区の超一等地に立派な「コンクリ御殿」があるではありませんか。

 

《悠仁様「天皇即位後」の「万世一系、男系男子による皇位継承の維持」の為には「旧宮家」の復帰が不可欠です》

 

産経新聞|男系維持、旧宮家養子を 保守系議員団、皇位継承で政府提言

超党派の保守系議員でつくる「日本会議国会議員懇談会」(古屋圭司会長)

https://www.sankei.com/life/news/201106/lif2011060053-n1.html

 

 

古屋 圭司(ふるや けいじ)議員とは・・・・Wikipediaより

は、1952年11生まれ;66歳 – 日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(10期)。

国家公安委員会委員長、内閣府特命担当大臣(防災)、拉致問題担当大臣、国土強靭化担当大臣(第2次安倍内閣)、経済産業副大臣(第1次小泉内閣)議院運営委員長、自由民主党選挙対策委員長(第4代)などを歴任。

1976年3月に成蹊大学経済学部経済学科卒業後、同年4月に大正海上火災保険(現:三井住友海上火災保険)へ入社。1984年に退社し、安倍晋太郎(当時外務大臣)の秘書に転じる。同年、養父である古屋亨の秘書を務める。

1998年の自由民主党総裁選挙で同じ三塚派から立候補した小泉純一郎ではなく、亀井静香、平沼赳夫らと共に梶山静六を支援]。総裁選後に亀井らと三塚派を離脱して亀井グループに参加。

1999年、村上・亀井派を結成。

2001年、第1次小泉内閣で経済産業副大臣に任命された。

2005年の郵政国会で郵政民営化法案に反対票を投じる。派閥領袖の亀井は自民党を離党して国民新党を結党したが、古屋は新党には参加せず岐阜5区から無所属で出馬し6選。なお、古屋は当時自民党岐阜県連会長を務めていたが、党公認を得られず無所属で出馬するのに際し、会長を辞任した(後任は金子一義)。選挙での自民党圧勝を受け、総選挙後の特別国会に再提出された郵政民営化法案には一転して賛成票を投じたが、離党勧告を受けたため自民党を離党する。

2006年11月、自民党に復党届及び誓約書を提出し、12月に党紀委員会で復党が認められたため、自民党に復党(郵政造反組復党問題)。

 

 

《「反小泉」で「郵政民営化法」に反対票を投じて「刺客候補」を返り討ちにした「硬骨の政治家」です》

http://www.furuya-keiji.jp/

 

安倍総理より2歳年上の、成蹊大学の先輩で、故安倍晋太郎先生の秘書でもあり、何よりも「小泉&竹中の「売国政策」の郵政民営化法案」に反対票を投じた「硬骨漢」です。

この時、小泉純一郎と当時幹事長だった武部勤から、「刺客候補」として差し向けられた和仁隆明を「返り討ち」にして当選しています。また、「北朝鮮との国交正常化」より「拉致被害者の奪還」を優先する「拉致議連」の会長でもあります。

「日本会議」の提案に対して、「慎重かつ丁寧」「国民のコンセンサス」はどうでもいいから、政府はとっとと「旧宮家の復帰」を特例法で成立させてほしい

 

※続きます。

秋篠宮殿下「立皇嗣の礼」無事完了③小和田恒の鑑定