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四柱推命占い鑑定|帝国の衰亡|戦争史㉒ニクソンショック、毛沢東の命式

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《米中接近=ニクソンショック》

1971年7月にニクソン大統領は北ベトナムの主な支援国の1つである中華人民共和国を訪問する意向を発表(ニクソン・ショック)。

ニクソン大統領はキッシンジャー国家安全保障担当大統領補佐官を中国に派遣して、周恩来首相と極秘に会談を行わせていた。

両国はこの時から関係強化を目指して幾度となく交渉を重ねていた。

1972年2月にニクソン大統領が訪中。毛沢東主席および周恩来首相と会談する。

 

ニクソン大統領が中国を訪問したことは、当時ソ連と中ソ対立していた中国に近づくことで対ソ連外交での中国カードという外交手段を持つのみならず、北ベトナムを孤立させ、同じく深い関係を持つカンボジアに影響力を持っていることで、米中接近がベトナム戦争でニクソン政権が望む「名誉ある撤退」と、今後の東南アジアへの米国の影響力を確保することを目指していたと考えられる。

中華人民共和国としても、ニクソン政権下でソ連と友好的な関係を保っていた米国と接近することは、文化大革命が最も激しい時期であった。

1969年に勃発したダマンスキー島事件以降、関係が極度に悪化していたソ連を牽制すると同時に、文化大革命以後停滞していた、中国外交の主導権を取り戻すという意味があった。

ただ極秘裏で行われたキッシンジャーの訪問後に、中国国内で文革推進の旗頭であった林彪の失脚・亡命・墜落死という事態を生じ、毛沢東の高齢化、

中国共産党内での周恩来の実権掌握が明らかになり、やがて鄧小平の復活と近代化路線が前面に現れてくることで、この米中接近は中国にとっても大きなターニングポイントとなった。

★時期的に見ても、中国にとっても「渡りに船」だったわけです。毛沢東は国内の矛盾「文革」と中ソの軍事対立に悩んでいたところなので、ニクソンの申し出はウェルカムだったのです。

この時、有名な「忍者外交」と称して、わざわざ、パキスタン経由で中国入りしたキッシンジャーは、毛沢東や、周恩来にアメリカの軍事偵察衛星が撮影した写真を見せました。

何と、ソ連の核弾頭ミサイルの多くが、北京以下、中国の主要都市に標的を合わせていることに度肝を抜かれたそうです。

また、色々と条件にうるさい周恩来に対しては、「日本を核武装させるぞ」と恫喝もしたそうです。

ただ、ニクソン訪中を直前になって知らされた、同盟国日本の佐藤栄作首相は、大恥をかかされました。

それでは、命式を見てみましょう。

 

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四柱推命鑑定命式|毛沢東

1893年12月26日生まれ~1976年9月9日(82歳)

・・・上 中 下  宿命星  蔵干   十二運 吉凶星

年柱 癸 巳 丙 偏官 劫財    帝旺 天徳貴人

月柱 甲 子 癸 印綬 偏官    絶 隔角

日柱 丁 酉 辛    偏財    長生 天乙貴人 隔角 文昌貴人

時柱 壬 寅 甲 正官 印綬 傷官 死 月徳貴人 劫殺2個

【辰巳空亡】年柱に巳があるので、空亡している。

 

【総合鑑定】王朝の創始者にふさわしい命式

年柱が空亡しているからと言って、馬鹿にしてはいけません。命式のいずれかの柱が空亡しているとき、その十二運が帝旺か長生の場合は「異常な出世」をするのです。空亡している年柱の十二運が帝旺なので、毛がまさにその典型例です。

形上は、共産党が支配することになっていますが、実体は「世襲無き毛王朝」です。

毛亡き後の、首席たちも誰も毛批判はしません。十二運を見ても、絶、長生、死と身弱です。月令も12月末生まれの丁(蝋燭の火)なので、寒風に吹きすさばれて

消えそうです。当然月令は得ていません。しかし、そのような難点を補って余りある空亡柱の帝旺なのです。

正官と偏官が混在しているので、官殺混合となり、普通だと病気や災厄に注意となりますが、蔵干に傷官があるので、その厄を消してくれます。

文昌貴人があります。毛は有名な「毛語録」や「持久戦論」「矛盾論」などの多数の著作を世に出しています。

革命家として王朝の初代皇帝としては、その暴君ぶりと、残忍さを除けば、命式は十分、雄弁に毛を語っています。

 

ちなみに、毛の二十八宿は翼宿です。「ワンマンな帝王星」です。

昭和天皇も翼宿でした。

次は周恩来の命式です。

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