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四柱推命占い鑑定|帝国の衰亡|戦争史㉔パリ和平協定と米軍の全面撤退

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パリ和平協定と米軍の全面撤退

1973年1月23日に、フランスのパリで北ベトナムのレ・ドゥク・ト特別顧問とヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官の間で、和平協定案の仮調印にこぎつけた。

1月27日に、南ベトナムのチャン・バン・ラム外相とアメリカのウィリアム・P・ロジャーズ国務長官、北ベトナムのグエン・ズイ・チン外相と南ベトナム共和国臨時革命政府のグエン・チ・ビン外相の4者の間でパリ協定が交わされた。

なお、この「和平協定」調印へ向けて、様々な調整を行った功績を称え、キッシンジャー大統領補佐官にはノーベル平和賞が贈られた。

1973年1月29日にニクソン大統領は米国民に「ベトナム戦争の終結」を宣言した。

ベトナム戦争の最盛期だった1968年には、アメリカ軍は南ベトナムに540,000人が派遣されていたが、「終結宣言」から2か月後の3月29日には撤退が完了した。

 

サイゴン陥落と南ベトナム崩壊

パリ協定調印、米軍の完全撤退後、北ベトナムは、戦略爆撃で破壊されたインフラを、早急に修復した。また、ウォーターゲート事件でニクソンが辞任し、

米軍の再介入がないと判断した北ベトナムは、和平協定を破り1975年3月10日、南ベトナムに対して全面侵攻をはじめ、4月30日にサイゴンを陥落させ、南ベトナムは崩壊した。

★そして、1961年から14年間、反共の防波堤として、南ベトナムを支え続けた、アメリカの戦略は無と化して、アメリカの建国以来、初めての敗戦として、歴史に刻まれることとなった。

 

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ヘンリー・キッシンジャー

「伝統的な軍隊は勝たなければ負けである。ゲリラは負けなければ勝ちである」

[翻訳] ヘンリー・キッシンジャー:それはユダヤと非ユダヤの戦争だ 2018.01.09

キッシンジャーはまた、「軍人たち」と特にアメリカ兵士を、「外交政策で駒として使われる愚かで馬鹿なな動物」 と見なした。

かって「愚かで愚かな動物」がもはやキッシンジャーやイスラエル政権のような人々に奉仕できなくなると、 彼らは腐った肉や腐乱死体のように捨てた。彼らはすでに少なくとも36万人の退役軍人を 「脳傷害を起こしているかもしれない」として捨てた。

以上

 

ベトナム戦争の被害および犠牲者の数

アメリカ

・戦死者 5万8千人

・戦傷者 30万人

また、アメリカの求めに応じて、ベトナムに派兵した韓国、オーストラリア、ニュージーランド、タイなどの戦死者は合わせて5千人を超える。

ちなみに、第2次世界大戦のアメリカの戦死者は31万8千人

ベトナム

ベトナムが被った被害はそれどころではありません。

・戦死傷者 300万人

・民間人の被害 400万人超

・行方不明者 30万人超

・枯れ葉剤の被害者 100万人

・精神病者 600万人

・難民 1千万人

・ベトナムに投下された爆弾量 1400万トン

(ちなみに第2次世界大戦でも610万トン余り)

以上

 

ベトナム帰還兵 wiki

概要

帰還兵はどの戦争にも存在する。戦争で植物状態、寝たきり状態、知力喪失状態になった人、視力・聴力・発声能力の喪失、下半身不随、腕・手・手指・脚・足の切断や損傷、PTSDやその他の精神病など、戦争の後遺症により、職業・社会生活が不可能になり障害者年金で生活する人、職業・社会生活に重大な不利益があり障害者手当を受給する人など、様々な障害や不利益を受ける人もいる。

帰還兵に対しては、1988年以前は内務省の退役軍人局、1989年以後はアメリカ合衆国退役軍人省が、医療費、障害者年金、障害者手当、大学や大学院の奨学金などの様々な社会保障サービスを提供する。

アメリカ合衆国では軍歴や戦闘歴は不名誉除隊(日本語表現では懲戒免職)を例外として肯定的に評価される。

ただし、その手続きは煩雑かつ多くの時間を要し、またその金額も不十分なもので、多くの帰還兵は出征前の生活水準に逆戻りするか、あるいはそれ以下に転落する。

 

社会に対する負の影響

中略

また、帰還兵であろうとなかろうと精神疾患者に対する地域社会の受け入れ態勢の整備や偏見解消はなお不十分であり、帰還兵が故郷に就職先や居場所を見出せずに軍への再志願を繰り返す例や、精神疾患が精神障害へと悪化する例、ひいては戦場さながらの乱射事件を引き起こす例もある。

以上

 

 

国難の正体  馬渕睦夫

P69

いったい、ベトナム戦争はアメリカにとっていかなる意味を持った戦争だったのでしょうか。

戦争に敗北した後、アメリカ国内は分裂します。

ベトナム帰還兵は英雄ではなく、むしろアメリカの名誉を傷つけた忌むべき存在のようにアメリカの社会の一部から仕打ちを受けます。アメリカ経済は停滞し、社会の治安は乱れ、国民は自信を失います。

カーターが大統領に就任しますが、イラン大使館人質事件の処理に失敗し、アメリカ国民の誇りはますます傷つきます。1981年ニューヨークに赴任した私を待ち受けていたのは、自身を喪失したアメリカでした。

中略

ベトナム戦争はアメリカ社会に荒廃をもたらしただけでした。

しかしもちろん、利益を得た人はいたわけです。300億ドルもの「非戦略物質」をアメリカ国民の税金でソ連に輸出できた企業がそれでした。

転載以上

 

次号へ続きます。

 

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