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文在寅政権の予言(2)歴代大統領

文在寅政権の予言(1)武藤正敏元駐韓大使からの続きです。

《「知韓派」で韓国人のメンタルを知り尽くした元大使による「情報の宝庫」の韓国本》

2017年6月に購入して、引き込まれるように一気に読み終えました。

丁度、当時は、朴槿恵(パククネ)前大統領が「弾劾罷免」され、後任を選ぶ大統領選の真っ最中で、朴槿恵の「罷免」と大統領選が視野に入る時点で、文在寅は次期大統領の本命でした。

普通の日本人は、隣国とはいえ、韓国の有力政治家については、関心がないか、知識もない中で、私は、「大本命」の文在寅候補が、朴槿恵らの「保守」ではなく、「親北朝鮮の左派リベラル」であり、あの、悪名高き「親日反民族行為処罰法」を制定した故廬武鉉(ノムヒョン)大統領の側近と言う経歴が気になりました。

 

《大統領が廬武鉉になってから、何故こうまで「日韓の軋轢」が増えたのか?》

★廬武鉉は「日本統治時代を知らない戦後生まれ」の初めての大統領。

廬武鉉の前任の大統領の金大中(きんだいちゅう;キムデジュン)は1924年生まれ、日本で言えば大正13年生まれで、1945年8月15日の「終戦の日」は21歳で、戦前の大日本帝国の教育を終えて既に社会人となっていました。

ちなみに、廬武鉉は「終戦後」の1946年生まれ、日本生まれで「在日」だった李明博(1941年生まれ)を除くと、朴槿恵も1952年生まれです。

 

《金大中以前の大統領で「骨の髄から反日」だったのは初代の李承晩(りしょうばん;イスンマン)と金泳三(きんえいさん;きむよんさむ)だけ》

初代大統領の李承晩は「日韓併合」により「特権」を奪われた「没落した支配階級の両班(やんばん)出身」で、1911年から終戦の1945年までの34年間、アメリカに亡命していた「独立運動家」だったので、骨の髄から「反日」でした。

1948年の大韓民国建国当時、南朝鮮の「親日派」を全て、追放しようとしましたが、前の記事にも書いたように、大日本帝国と朝鮮総督府の朝鮮半島統治は、国防を除く「行政」は全て、治安維持から、地方行政に至るまで、「朝鮮人公務員(警察も含め)」に「丸投げ」した「間接統治」だったので、「親日派」を追放すれば、警察も含め、行政の実務が回らなくなりました。

それで、「親日派追放宣言」を撤回したら「親日派の朝鮮人警察官や公務員」は「肩で風を切って」戻ってきたそうです。

また、1950年に「朝鮮戦争」が勃発すると、満州国軍に所属していた親日派朝鮮人軍人や、日本本土に留学して「学徒動員」で戦争経験のある元大日本帝国の朝鮮人軍人がいないと、北朝鮮軍と戦闘できる「プロの軍人」はいませんでした。

 

《「行政」も「軍事」も「親日派朝鮮人」に頼らざるを得なかった李承晩は「用日」に徹した》

建国当初の大韓民国は、日本統治下で育ち「大日本帝国の教育や訓練」を受けた「親日派韓国人」無しでは「国家運営」は不可能だったのです。

日本統治下の「地方行政」の最小単位は「面(めん)」と言う、日本で言えば「〇〇村」でしたが、その地方自治のトップの「面長=村長」もみな地元の朝鮮人でした。

軍事政権当時の大統領の盧泰愚(のてう)も実父が「面長」で、親日派だったので、元公安調査庁第二部長の菅沼光弘氏の著作によると、菅沼氏が初めて盧泰愚大統領と親しく話したときに

「あなたの朝鮮語より、私の日本語の方が上手なので、日本語で話しましょう」と言われたそうです。

また、盧泰愚の少年時代の思い出は、実家が「面長」で裕福だったので、日本統治時代に、蓄音機が家にあって、よく家族と日本の歌の「湖畔の宿」を聴いたそうです。

例外的に、日本統治時代に育った金泳三は「民主化活動家」で朴正煕大統領に「迫害」や「自宅軟禁」されたので「反日」でした。

 

《日本統治時代に「教育」を受けた大統領と日本政府は「阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)」で交渉で来た》

阿吽の呼吸とは

http://archive.is/qtKbn

二人以上で一緒に物事を行うときの、互いの微妙な気持ち。また、それが一致すること。

★戦前は、「同じ大日本帝国の臣民」「天皇陛下の赤子」でしたから、立場を超えて「互いの微妙な気持ち」がわかるわけです。

1945年8月15日に「昭和天皇の玉音放送」が有った時点で、朝鮮半島で普通に生活していた朝鮮人は、みな「親日派」でした。

★「大韓民国臨時政府」や「朝鮮独立運動家」と言う「フィクションな連中」は全員、国外はるか遠くに逃げていたのです。

 

《韓国の「甘え」に対して日本側が「常に譲歩」するのがそれまでの「日韓外交」の「お約束」だった》

昨年死亡した中曽根康弘と仲が良かった軍事政権当時の全斗煥大統領はいみじくも「本音」を吐いています。

全斗煥・・・・WIKIより

http://archive.is/BK0zb

訪日

また、拳骨拓史によれば、全は宮中晩餐会の前日に安倍晋太郎外務大臣と会談し、「弱い立場だと豊かな人、強い人に対してひねくれを感じ、相手が寛大にしても誤解をもつこともある。だから強かったり、豊かな人が少しくらい損をしても寛大な気持を持つべき。」「韓日の過去の誤解は大部分そういうものだった」と述べたという[22]

これが「本音」だと思います。

朴正煕から盧泰愚に至る「反共反北軍事政権」の立場を理解し、外交的にも経済的にも援助したことが「反日感情」を結果的に「上書き」することになった(怒)

※文在寅政権の予言(3)へ続きます。

 

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