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視聴率の疫病神|㉚イザーマン・BB覚醒・ふぶきの部屋・創価朝鮮チームとの戦い(総括編)

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続きです

《俺は大作家だからいいんだという主張は通るのか?》

私の経験ですが、高校生当時、東大を受験するものは、必ず、イギリスの哲学者のバートランド・ラッセルか、サマーセット・モームのエッセイを必ず読めと言われていました。

英語の授業で、モームのエッセイを読まされた時、私がふと気づいたのは、あるイディオム(動詞+副詞)が文法的に間違っているので、先生に質問したところ。

先生曰く「お前の言うことが正しんだけど、モームがそういう使い方をすればそれで通るんだよ。それが「権威」というものだ」と言われました。

私は、納得がいかなかったので、『権威と権力-いうことをきかせる原理・きく原理』(岩波新書、1974)なだいなだ著、を読んで自分なりの理解に達しました。

権威とは万人の認める実績の積み重ねによって得られるものだと。

何度か指摘している「無問題」という、日本語として認知されない「中国語」の頻用も同じです。

加藤周一あたりが、随筆で使えば、不承不承、認めて読み飛ばしますが、私は現存の脚本家で橋田壽賀子がドラマに使ってもテレビ局に抗議を入れるでしょう(笑)

それは、「美しく、かつ論理的な日本語を守る為」です。

 

 

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加藤周一・・・・Wikiより

東京大学医学部卒。日本の評論家。医学博士(専門は内科学、血液学)。妻は評論家・翻訳家の矢島翠。

上智大学教授、イェール大学講師、ブラウン大学講師、ベルリン自由大学およびミュンヘン大学客員教授、ブリティッシュコロンビア大学教授、立命館大学国際関係学部客員教授、立命館大学国際平和ミュージアム館長などを歴任。哲学者の鶴見俊輔、作家の大江健三郎らと結成した「九条の会」の呼びかけ人。岩村清一海軍中将は大叔父。

以上

 

バートランド・ラッセル・・・・Wikiより

イギリスの哲学者、論理学者、数学者であり、社会批評家、政治活動家である。ラッセル伯爵家の貴族であり、イギリスの首相を2度務めた初代ラッセル伯ジョン・ラッセルは祖父にあたる。名付け親は同じくイギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミル。ミルはラッセル誕生の翌年に死去したが、その著作はラッセルの生涯に大きな影響を与えた。生涯に4度結婚し、最後の結婚は80歳のときであった。1950年にノーベル文学賞を受賞している。

以上

 

サマーセット・モーム・・・・Wikiより

イギリスの小説家、劇作家。

フランス、パリ生まれ。10歳で孤児となり、イギリスに渡る。医師になり第一次大戦では軍医、諜報部員として従軍した。1919年に『月と六ペンス』で注目され、人気作家となった。平明な文体と物語り展開の妙で、最良の意味での通俗作家として名を成した。作品に『人間の絆』『お菓子とビール』や短編「雨」「赤毛」、戯曲「おえら方」など。ロシア革命時は、イギリス情報局秘密情報部に所属した情報工作員であった。

以上

 

なだいなだ・・・・Wikiより

慶応義塾大学医学部卒、精神科医・作家・評論家。日本テレビ放送番組審議会委員。本名は堀内 秀(ほりうち しげる)。「なだいなだ」はペンネームで、スペイン語の “nada y nada”(何もなくて、何もない)に由来する。本名名義での翻訳書もある。

以上

 

 

《イザーマンが代表作と称するもの》

テレビドラマ いちばん太鼓』、『青春家族』、『君の名は』、『外科医有森冴子』シリーズ

★私は、どれも全く知らず、聞いたこともありませんでした。

私は今は、ほとんど全くテレビは見ないが、これでもサラリーマン時代はよく見ていた。特にドラマは(笑)

自称代表作「外科医有森冴子」・・・・1990年4月~6月、1992年10月~12月

無駄に長くやったんだね。全く知らなかったわ。

私は、この時期、妻と一緒に、フジの「東京ラブストーリー」を見てたわ。

だって、「トレンディドラマ」の時代でしょ。

 

 

「外科医有森冴子」の視聴率

最高;17.0%~最低;10.1%

平均視聴率;14.4%

低っつWWWWWWWWWWW

評価「迷作ドラマ」だって(爆)

 

「外科医有森冴子」各回ごとの視聴率と脚本家

複数の脚本家で回していたドラマでした。

第1話:16.9%

離婚した夫にガン宣告!メスが切り裂く男女の絆 前妻と後妻の愛が揺れる

脚本:井沢満 演出:石橋冠

ゲスト・・・泉ピン子、夏八木勲

 

※視聴率が下がり続けます。

第2話:14.7%

あぶない外科医

脚本:井沢満 演出:細野英延

ゲスト・・・山田邦子

 

第3話:11・9%

花嫁の乳房

脚本:井沢満 演出:細野英延

ゲスト・・・三田寛子、ハナ肇、金山一彦

 

第4話:10.1%

有森入院します!

脚本:井沢満 演出:雨宮望

ゲスト・・・垂水悟郎、建みさと、我王銀次

 

※下がり続けたので他の脚本家が書いたのでしょうか。視聴率が戻ります。

第5話:14.0%

恋の集中治療室

脚本:尾西兼一 演出:雨宮望

ゲスト・・・村田雄浩

 

※そして、またイザーに戻りましたが、下がり続けます。

第6話:15.7%

ストリッパー物語

脚本:井沢満 演出:細野英延

ゲスト・・・清水ひとみ、根津甚八、河相我聞

 

第7話:15・0%

有森変身します

脚本:井沢満 演出:細野英延

ゲスト・・・あめくみちこ

 

※別の脚本家にかわりました。視聴率が戻り始めます。

第8話:16.8%

有森クビになります

脚本:宮村優子 演出:雨宮望

ゲスト・・・丹波哲郎、内海桂子

 

※2人体制になりました。共著のような形でしょうか。しかし下がります。

第9話:13.2%

青春のメモリー

脚本:宮村優子、井沢満 演出:細野英延

ゲスト・・・寺泉憲、加藤治子、神山繁

 

第10話・13.5%

帰宅拒否症候群

脚本:井沢満 演出:雨宮望

ゲスト・・・五代高之、高橋ひとみ、高林由紀子、神田利則、尾羽智加子、河西健司

 

※キワモノ系の話になり視聴率があがります。

第11話:17.0%

息子はニューハーフ

脚本:井沢満 演出:雨宮望

ゲスト・・・江波杏子、矢木沢まり、河合美佐、中丸新将、村井国夫

 

※最終回はどのドラマも視聴率は伸びるはずですが、、、

第12話:14.4%

最終回:挑戦

脚本:井沢満 演出:細野英延

ゲスト・・・国生さゆり、岡野進一郎、三田寛子

 

視聴率が下がると、脚本家が交代し、イザーに戻るとまた下がる(笑)

 

「東京ラブストーリー」・・・・Wikiより

平均視聴率は22.9%、最高視聴率は最終話の32.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)

東京ラブストーリー視聴率

「東京ラブストーリー」の完勝じゃん(爆)

まあ、漫画の原作が柴門フミというのも大きいけどね。

プロデューサーが、フジの「月9枠」を作った大多亮、キャストが全盛期の鈴木保奈美と織田祐司というのも大きかったけどね。

それにしても、脚本家は優秀だな~誰だ?

坂元裕二・・・・Wikiより

日本の脚本家・作詞家。東京芸術大学教授。

大阪府出身。妻は女優の森口瑤子(1998年結婚)。

略歴

奈良育英高等学校卒業。高校時代から本に触れだし、映画では相米慎二、小説では中上健次に憧れる[1]

1987年

第1回フジテレビヤングシナリオ大賞を19歳で受賞しデビュー。同時期にディレクターズ・カンパニーが行っていた脚本募集にも応募していたが、そちらでは採用されなかったためテレビの道に進んだ[1]

1991年

『東京ラブストーリー』が大ヒットし、「月曜日の夜9時は街から女性たちが消えた」と言われるほどの社会現象となる。

1996年

「明らかにテレビが嫌で逃亡した」との理由で脚本家休養を宣言し、一度テレビ界から離れる。当初は飯野賢治率いる株式会社ワープでゲーム関連の仕事に携わるが、1998年に同社を退社。小説家への転向を試みるが、3年間一つの小説をずっと書き続け原稿用紙2000枚ほどの分量になるも未完成のままに終わり、発表には至っていない[1]。結局『きらきらひかる』のドラマ版(脚本は井上由美子)を見たことで再びテレビ界への興味がわき脚本家に復帰した[1]

2008年

『わたしたちの教科書』により、第26回向田邦子賞受賞。

2010年

『Mother』により、第65回ザテレビジョンドラマアカデミー賞脚本賞、東京ドラマアウォード2010脚本賞、および第19回橋田賞受賞。

2011年

『それでも、生きてゆく』により、第70回ザテレビジョンドラマアカデミー賞脚本賞、及び芸術選奨新人賞放送部門受賞。

2013年

『最高の離婚』により、第76回ザテレビジョンドラマアカデミー賞脚本賞受賞。

2016年4月

東京芸術大学大学院映像研究科映画表現技術脚本領域教授。

2016年

『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』により、第3回コンフィデンスアワード・ドラマ賞脚本賞を受賞[2]

2017年

『カルテット』により、第7回コンフィデンスアワード・ドラマ賞脚本賞、

同賞2017年年間大賞脚本賞、

第92回ザテレビジョンドラマアカデミー賞脚本賞、

芸術選奨文部科学大臣賞放送部門受賞。

以上

 

未だ51歳、若い、そしてめちゃ優秀じゃん。

★文化庁の芸術選奨の新人賞と大臣賞も取ってる。

イザーマンは新人賞のみ、そして現在は余裕の休筆宣言。

ブログで、せこく「ネタ探し」なんてやってないよ(爆)

 

評価の比較

「東京ラブストーリー」

評価 Wikiより

バブル景気の世相を反映して、若い女性に支持された。その人気は女性たちがこのドラマを見ようと家路を急いだことで、繁華街から人影が消えるほどだったと言われる。

タイトルバックは、大都会を象徴するような場所(駅、交差点など)で、出演者が人ごみの中で様々な日常生活を営む光景を切り取ったもので、MTVのプロモーションビデオを意識した映像となっている。ドラマ『東京ラブストーリー』が放送された1991年(平成3年)は、まだ携帯電話が高嶺の花で、庶民の連絡手段が固定電話と公衆電話という時代であり、ドラマでは、連絡の来ない相手をじっと待つ風景が放送されるのも特徴である。

平均視聴率は22.9%、最高視聴率は最終話の32.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。主題歌は小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」。ドラマのストーリーと非常にマッチした楽曲で、シングル売上は270万枚。当時の日本におけるシングルCDで最大のヒットとなった。

鈴木や織田は本作を経て、ドラマの主演級としての評価を確立した。一方でさとみ役の有森也実は、リカのサバサバした気性とは対照的な役柄であることから女性視聴者から嫌われ、所属事務所に脅迫状が届いたと後に本人が語っている。

以上

 

凄いですね~正直今でも、you tubeでエンディングシーンを見ることがあります。

 

外科医有森冴子

https://web.archive.org/web/20181011034007/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E7%A7%91%E5%8C%BB%E6%9C%89%E6%A3%AE%E5%86%B4%E5%AD%90

外科医有森冴子』(げかい ありもりさえこ)は、日本テレビ系列で1990年4月14日 – 6月30日、1992年10月10日 – 12月26日に放送されたテレビドラマ。女の職業シリーズ第1弾として放送された。好評を博したため、放送後、スペシャル版が不定期に放送された。

男勝りの女性外科医の活躍と、患者と医者との人間模様をシリアスに描いている。

このドラマが始まる前の「土曜グランド劇場」は、何をやってもヒットしない「魔の時間帯」と化していたが、このドラマのヒットによって息を吹き返した。

以上

 

上は「外科医有森冴子」のWikiですが、笑えるほど「実態と離れた過大な高評価」となっています。

NHKのイザードラマのWikiは正直に、「低評価」が書きこまれていますが、民放のドラマは、イザー本人が編集しているのかもしれませんが、絶対に「視聴率」の数値を入れずに、「お手盛り」の「よいしょ評価」で編集しています。

★スポンサー様が、制作資金を出して、視聴者の評価が視聴率となって正直に反映されて、そのドラマと「脚本家」の評価が定まるのです。

「視聴率絶対」なんですよ。それが「資本主義」というものです。

 

《Wikiの編集に参加する人は、イザードラマの視聴率を調べて「捏造」の無い評価に書き直してほしい》

★それと、イザーマンは自分のブログの写真は「バンキシャ」のセットのものだから、著作権は、日テレにある。すぐ外すように。

次号へ続きます。

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