無限拡散|井沢満の研究㊸学歴詐称疑惑

スポンサードリンク

㊷からの続きです。

井沢満の低すぎる学力・日本史の知識の常識を検証する

https://web.archive.org/web/20181020145241/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/c3fec93efceea260bb0a732857c0e6b0

何しろ、当時の「慰安婦」という名の売春婦の実入りは東郷大将の年俸を遥かに上回っていたのですから
世界の再極貧国の一つであった当時の朝鮮の女性たちには、息を呑むほどの大金だったのです。

「慰安婦」について、蘊蓄を垂れまくってますが・・・・

★「東郷大将」って誰?

東郷平八郎は、日露戦争、日本海海戦1905年の英雄で、しかも階級は元帥です。

「慰安婦制度」はその時できていません。

歴史上、初めて「慰安所」が登場するのは日中戦争が勃発した1937年の盧溝橋事件以降です。

東郷元帥は1934年に亡くなっています。

★正解は、東條大将こと東条英機です。 

キーボードの並びから、「誤変換」はあり得ません。

★日本史をキチンと「時系列」に理解、記憶していれば、絶対に間違えないはず。

日本人なら、東条英機と東郷平八郎は間違えないはず。

増して、九州有数の進学校から、本当に早稲田に合格していればね(笑)

★本を読まず「チャンネル桜」の「討論会」で聞きかじったことを「耳学問」で知ったかぶりするから、「墓穴」を掘るんですよ。 

最近こそ「皇室掲示板」の書き込みに血道をあげているけど、昨年の抗争までは、テレビのワイドショーやミーハーな番組ばかり見て、読書している気配はなし。

 

スポンサードリンク



 

 

https://web.archive.org/web/20181104150414/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/d184095601081476cc91615bd74519c5

フットマッサージの店で、何気なく読み始めたコミック「忘却のサチコ」というのが

面白くて止められず、店には2巻までしかないので、3.4巻と取り寄せた。

結婚式で新郎に逃げられたOLが心の痛手を癒すため食に走り

美食に開眼というB級グルメものなのだが、新郎が姿を消した理由は

伏せたまま、思わせぶりに最終巻まで引っ張るつもりらしい、と

引っ張られてる私が言う。

 

「忘却のサチコ」とは・・・・・Wikiより

https://web.archive.org/web/20181104150735/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%98%E5%8D%B4%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%81%E3%82%B3

あらすじ

文芸誌の編集者・佐々木幸子は、仕事は順風満帆、結婚も決まって完璧な人生を歩んできていた[1]。しかし結婚式当日、突如婚約者に逃げられてしまう[1]。クセのある作家らとの仕事で身をやつしながらも[2]、婚約者を忘れることのできる「忘却の瞬間」を求めて、幸子は今日も美食を追いかける[1]。

 

外出しては、ネットカフェで、マンガばかりよんでいるのでしょう。

工作員のH/Nの「電光影裏」は、「エロ系少女漫画」の「電影少女」からの発想ですよね。 

https://web.archive.org/web/20180612181927/https://ja.wikipedia.org/wiki/電影少女

こういう「ロリコンもの」や「エロ系の少女漫画」ばかり読んでいるのでしょう。

「皇室掲示板」に昭和の時代の天才バカボンのイラストや、エロい少女イラストや、エロ画像を貼ってるのは皆、イザーマンだ(怒)

 

スポンサードリンク



 

《英語が話せるという真っ赤な大嘘(爆)》

https://web.archive.org/web/20181102120054/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/237bb2d1d55278cfd775f0fc198fec54

東京五輪とは言っても、1964年(昭和39年)に開催された、第18回夏季オリンピックのことである。

私は学生で、各国記者が集まるプレスセンターの喫茶室で、英語が喋れるというので採用されウェイターのアルバイトをやっていた。

 

「竹林はるか遠く」を、高校生でもやらないあんな稚拙な誤訳をしたくせに、いったいどの口でしゃあしゃあと言うんだ。

読者に、翻訳を頼んだののは誰だといいたい。

 

http://archive.is/9ykhn

 

 

《イザーマン、カナダの足立区の親父に憑依してブログを続々更新(爆)》

やはり、カナダの足立区の親父を更新し始めた(笑)

「偽善と胡散臭さ」

https://web.archive.org/web/20181109035644/http://2002mar.blog.fc2.com/blog-entry-1254.html

 

「偽善と胡散臭さ2」

https://web.archive.org/web/20181109040049/http://2002mar.blog.fc2.com/blog-entry-1255.html

 

★「欝病」で苦しんでいる設定のカナダの足立区の親父が、何故、突然元気に更新を始めるんだ(怒)

本当に英語が話せるのなら、カナダの政治と経済について書いてみろ(怒)

 

《「背乗り説」の深奥に迫る、奇妙な幼少時の体験》

https://web.archive.org/web/20181023070356/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/f59d4e17944284df90f0b2781598515e

住まいは千代田区、都心なのですが、冷えが今夜はきつくて2度です。
でも子供の頃はわりにしじゅう、零下になっていたような。
水晶のような霜柱を踏んで学校に行ったものです。

 

★短い文章だが、端的に「事実であること」と「事実でないこと」を書いている。 

「事実でないこと」・・・九州の大分市、別府市には住んでいなかったこと。

「事実であること」・・・朝鮮半島か大陸で幼少期を過ごしたこと。

 

九州の大分県の第一の都市、大分市(人口40万人)第二の都市別府市

大分市のWikiより

https://web.archive.org/web/20180301043000/https://ja.wikipedia.org/wiki/大分市

 

★表のように、年間の極寒気、毎年1月の「寒の入り」から、「節分」まで、「最低気温」の平均が、零下になることはない。1月と2月に注目。

https://web.archive.org/web/20181109175607/https://ja.climate-data.org/アシア/日本/大分県/別府市-714805/

 

大分市同様に、表を見ると明らかに極寒期の1月と2月の「最低気温」の平均が、零下になることは無い。

 

《鹿児島、宮崎を除く、北部九州の気温の統計を福岡管区気象台に問い合わせてみた》

地元の気象台に電話して聞いたところ「北部九州(含む熊本)のことは福岡管区気象台に聞いてください」とのことなので、聞いてみた。

★過去30年間で、北部九州が「氷点下になった日数」を教えてくれた。 

1月・・・・2.21日

2月・・・・1.7日 

★3日も無いということだ。

しかも、この日数は都市部も山間部も、一緒に平均したものだという。

私のイメージとしては、大陸からの「シベリア寒気団」が、朝鮮半島を経由して、玄海灘から、博多方面に吹き付けるというイメージだが、詳細について教えてもらった。

イメージとしてはその通りだが、「海に面した都市部」と「内陸部」はかなり違うらしい。

福岡でも、博多湾に面した福岡市はそれほど気温は下がらないが、内陸部の太宰府市になるとぐっと冷え込むという。

そこで、観光地で有名な太宰府市のWikiを見てみた。

 大宰府市

https://web.archive.org/web/20180301070317/https://ja.wikipedia.org/wiki/太宰府市

大宰府市気候

気温の表から見ても明らかなように、その冷え込む太宰府市ですら、「最低気温の平均」が零下にはなっていない。

★長崎沖を流れる「対馬暖流」の影響を聞くと、確かに暖流は流れるが、対馬は相当冷え込むという。

理由は、朝鮮半島に近づけば近づくほど冷えるのだという。

大分県について聞くと、地図を見れば分かるように、寒気団が吹き込む、西側と北側に高い山地がある為、それが壁となり、北部九州では最も寒気団の影響が少ないそうだ。

大分市と別府市について聞くと、瀬戸内海に面した海沿いになるので、この平均日数よりもっと少ないはずだという。

 

イザーが0歳から4歳まで過ごしたという「キャラ設定」の長崎市についてWikiを見てみよう。

長崎市

https://web.archive.org/web/20181030134223/https://ja.wikipedia.org/wiki/長崎市

 

気候[編集]

年間平均気温は17.4℃、年降水量は約1,678mmである。暖流の影響が強く、九州の他都市に比べても寒暖の差は小さい

年平均気温は17.4℃で大分市の年平均より高く、当然、極寒期の1月と2月の最低気温の平均も高い。

 

別府市役所に聞いてみると、別府市は、「東洋最大の温泉地」で、内陸部の土地でも、個人が、土地を買って、家を建て、庭をボーリングすると、温泉が噴き出す土地が無数にあるという。

うまく当てると、自宅の庭に無料の「プライベート露天風呂」が持てるわけだ。従って、海に面した市街地は勿論のこと、内陸部に入っても「地熱」が有るので、そう冷え込みは感じないという。

気象台が教えてくれた、「氷点下の日数」は、2010年から、遡ること、30年の1980年の統計値だそうだ。

 

イザーが、学齢期に入った6歳以降、1950年から、30年間の1980年までの統計値について聞いてみると、PC管理ではなく、紙の記録の集計なので、すぐは教えることはできないが、「地球温暖化」の影響を考慮しても、1月の2.21日が3日を超えることはあり得ないという。

★理由は、国際機関が「温暖化」と騒ぐのは、そう騒ぐとビジネスに繋がる面があり、「超長期」の統計でみると、寧ろ「地球寒冷化」の方向だそうだ。

 

《「霜柱」とは何か?そして形成される条件とは》 

霜柱・・・Wikiより 

https://web.archive.org/web/20181030162629/https://ja.wikipedia.org/wiki/霜柱

霜柱(しもばしら)とは、冬季など氷点下になる時に、地中の水分が毛細管現象(毛管現象)によって地表にしみ出して柱状に凍結したものである。

霜柱は地中の水分が凍ってできたものであり、空気中の水蒸気が昇華して凍った霜(しも)とは別の現象である。

 

解説[編集]

霜柱の発生メカニズムは次の通りとされる。 気温の低下によりまず地表の水分を含んだ土が凍る。一方、凍っていない地中の水分が毛細管現象で吸い上げられるが、地表に達すると冷えた空気により冷やされて凍ることを繰り返し、霜柱が成長する。

固まった土では土が持ち上がりにくいため霜柱は起こりにくく、耕された畑の土などで起こりやすい。また、関東地方の関東ロームは土の粒子が霜柱を起こしやすい大きさであるため、霜柱ができやすい。

霜柱を見かけることが少なくなったという地域が増えている。一般に、寒冬の年に多く見られ、暖冬の年は少ない。地球温暖化による影響も考えられるが、都市部や郊外ではヒートアイランド現象による影響もあるほか、道路が舗装されて水分が少なければ気温が低くても霜柱は形成されない(凍上)。

 以上

★要するに「霜柱」が形成されるための条件は

①最低気温が氷点下になること。

②「耕された畑地」のような柔らかい土であること

③十分に水分を含んでいること。

私は、自慢にもならないが、「霜柱」を踏んだ経験が未だ無い。

勿論、テレビでは見たことはある「ドラマ」や「冬の風物詩」として。

 

しかし、私がふと思うのは、拙ブログの読者で、青森以北、北海道の方を除いて、東北地方でも、都市部にお住いの人は、「霜柱」を踏んだ経験は無いのではなかろうか?

私は、鹿児島市内に生まれ育った。先祖代々の私の家の前の道路は、中学生の時にやっと舗装された、しかし、それまでの、むき出しの土であった時代、幼稚園から、中二まで、通学の生きかえりで、「霜柱」を踏んだことがない。

何故だろうか、答えは簡単、しょっちゅう人や、車が踏み固めているからだ。

 

鹿児島市のWikiを見てみましょう。

鹿児島市

https://web.archive.org/web/20180131035700/https://ja.wikipedia.org/wiki/鹿児島市

 

 

何と、予想はしていたが、1月の最低気温の平均が4.6℃、2月に至っては5.7℃もある。これでは、氷点下にならないし、霜柱もできるはずがない。

私が、大学生になり、上京した1980年代、東京23区内は公園を除き、全て道路は舗装されていた。

サラリーマン時代に、2月に秋田市に出張した。

雪は降っていたが、実はそれほど寒いとは思わなかった。

 

イザーマンは、4歳の時に、長崎から大分県別府市に移り、高校は大分市内の大分舞鶴高校だというキャラ設定になっている。

大分県の教育委員会に聞いたときに、大分市には大分舞鶴高校と同様の進学校で大分上野丘高校というのがあって、県内では、東大合格者数を競っているのだという。私もその高校名は耳にしたことはあるが、福岡市でも。修猷館高校と福岡高校がある。修猷館は福岡黒田藩の藩校だから有名だが、福岡高校は名前からして地味だから九州の人しか知らないだろう。

だが、実は、福岡高校の方が、東大合格者数は多いのだ。

ちなみに修猷館高校のバッジは「六光星」なので、オカルト好きの人はどうぞ。

大分市の大分舞鶴高校と大分上野丘高校も同様の関係のようだ。

調べてみると、上野丘高校が偏差値は71で高い。

そういえば、思い出した、私の姉が地元の高校から、東京のお茶の水女子大学に進学した年、確か1975年だと思うが、大分上野丘は、その春、東大合格者が26人も出て、九州では驚きと噂になっていた。

九州の進学校は、鹿児島ラサールと、孫正義とホリエモンの出た久留米大付設高校の2大私立が、東大合格者数では断トツである。

それはそうだ。両校とも九州外の全国から学生を集めているのだから。

それに比べ、地元の生徒だけで、30人弱の東大合格者を公立高校が出したのは、ローカルな話題ではあるが凄かった。

しかし、ラグビーの強豪校という点では知名度は大分舞鶴のほうが断トツ有名だ。

大分上野丘は、Wikiによると、甲子園に3回出ているそうだが、失礼ながら知らない。

話は飛んじゃったが、教育委員会の人の話によると、両校とも、「学区制」㋾指揮、大分市街からの受験は認めないから、両校に入学するには遅くとも中学から、両親ともども、大分市内に住んでなくてはならないという。

 

所謂「越境受験」は厳しくチェックされるらしい。

ただ、情報を集めると舞鶴高校は、県内から身体能力の高い生徒を根こそぎ集めているらしい、中学生の陸上で県内で上位の生徒とか。

この辺は、校長の政治力か、教育委員会も黙認しているかどうはわからない。

 ★しかし、イザーマンは、あのチビで短足の醜い体型からは「ラグビー特待生」には見えない。 それどころか本人が、ラグビーは全く知らないし関心もないと言っている。

 大分舞鶴高校の位置をグーグルマップで見ると、なんと、随分海側だ。別府湾に近い。これでは「霜柱」はできないだろう。

逆に大分上野丘高校は丘というだけは有って、山の上にある。

 

トキワ百貨店

イザーマンは、自分の過疎ブログに、「私が通った高校に通学するためにデパートの前からバスに乗っていた」と書いている。

 グーグルで調べると、大分市内にトキハ百貨店というデパートが有った。

https://web.archive.org/web/20150826221623/https://ja.wikipedia.org/wiki/トキハ本店

1943年(昭和18年)9月に一丸デパートが廃業してから、2000年(平成12年)12月にトキハわさだタウンにトキハわさだ店が開店するまで、57年にわたって大分市内唯一の百貨店であった。

 

 

Wikiが間違ってないか、大分市観光案内協会に確認してみると、間違いなく「大分市唯一の百貨店」だそうだ。トキハわさだ店というのは郊外にできた支店で、市民の認識では、依然として、唯一の百貨店は「トキハ本店」だそうだ。

「なんだ、ド田舎じゃないか」と馬鹿にしてみたが、よく考えると、わが鹿児島市にも百貨店は山形屋しかなかった。

ちなみに、この山形屋百貨店は、売国朝鮮人総理の小泉純一郎の父親が、加世田市万世町(現南さつま市)の朝鮮人部落、田布施を出て、丁稚奉公したところであり、その時、「鮫島純也」という通名を考えてやって「創氏改名」させたのが、当時の社長の松元さんと聞いている。

鮫島氏は、薩摩士族の名族であって、鮫島本家が勝手に名前を使われて怒っているという話はよく聞く。

 

★さて、大分舞鶴高校のWikiを見ると

大分舞鶴高校

交通

バス – 大分バス・大分交通バス(共同運行)、「大分バス本社前6番のりば」停留所より、「舞鶴高校前」停留所にて下車[22

 

とある。確かにバス通学は可能だが、乗り場は「大分バス本社前6番のりば」となっている。

 

大分バスのWiki

https://web.archive.org/web/20170202042406/https://ja.wikipedia.org/wiki/大分バス

 本社所在地

日本

〒870-0026

大分県大分市金池町2丁目12番1号

とあり、グーグルアースを見ても、トキハ百貨店と位置も建物も全く違う。

トキハ本店

〒870-8688

大分市府内町2-1-4

 

全然違うじゃないか(怒)怪しいぞ。 

調べててみたら、おそらくは路線もちがうようだ。百貨店から舞鶴高校へは、バスの路線が違うようだ。

そして、情報を集めると、大分舞鶴高校生徒は、家が高校の至近のものを除いて、殆どが自転車通学だという。

何故かというと、「課題」の量が異常に多く、創立の方針「文武両道」を強制されるので、みんな滅茶苦茶に忙しく、悠長に「バス通学」する能天気な奴は男女ともにいないそうだ。

しかし、良い点は忙しすぎて「イジメ」が無いことらしい(笑)

要するに、授業と部活が終われば、みな「スピード違反」並みの速度でチャリンコで帰宅するらしいのだ。

まるで、先の大戦の、シンガポールを攻略した帝国陸軍の「銀輪部隊」のようだ。

実際、他校から「軍隊のようだ」と言われるそうだ。

 

在校生・卒業生の意見です。

・いじめの少なさ

生徒も教師も圧倒的にいい人ばかり。
まず忙しすぎていじめなんてものする暇ないしそんなことする人はいない。この民度の高さは本当に良いと思う。
教師は個性的な方が多いし合う合わないはあるけどどの先生も情熱をもって丁寧に対応してくださる。
舞鶴での出会いは人生においての宝になる。

・部活動

運動部はもちろん文化部もどの部活も充実している。
練習時間が短くて限られている分集中している。
部活に入らなくても良いと思うが、ほとんどの人が何らかの部活に所属してるし様々な経験ができるから入ることをお勧めする。
勉強と部活の両立は、特に運動部、想像以上にきついと思うけどその頑張りは絶対自信になる。

★どうでしょう。昭和26年(1951年)の建学以来の大分舞鶴高校の校風と卒業生、在校生の意見から、イザーのような、あんないかさまな、「盗作一筋」のチョンカマ爺が生まれるでしょうか?

 

《更に、続々と露呈されるイザーマンの疑惑》

次号へ続きます。

 

スポンサードリンク

スポンサードリンク

無限拡散|ネット犯罪|真島久美子の恐喝事件ほか


狂信的フィギュアスケートファンは、女性天皇派、保守潰しカルト工作員だった!

無限拡散|ネットの闇|井沢満、BB覚醒日記、トド子、ふぶきの部屋、バランス工房の正体

※コメントの投稿について
最近、工作員の嫌がらせや、常連読者様の成り済ましが増えております。そのため、コメントの投稿者のハンドルネームとメールアドレスの入力を必須とさせていただきました。メールアドレスは反映されません。管理人から、メールアドレス宛にメールを送ることもありません。ご了承ください。問題なく承認されている読者様はメールアドレスは変えないでください。(伏見)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です