無限拡散|井沢満の研究(51)ネイティブ北朝鮮人疑惑

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㊿からの続きです。

《有り得ない「多重人格者」の「脳内会話」(爆)》

今回のように、医者に言わせたり、ある時は、警察にも言わせる。

有り得ない「三文台本」だ。「香港」での「工作員訓練期間」の賜物だろう(爆)

 

 

 

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《朝鮮語のボキャブラリーに滅茶苦茶詳しい(爆)》

https://web.archive.org/web/20160809143036/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/ab7cf47ed19dab7feafe423f5ff904d6

こう言っちゃなんですが、タッパはあるのですが、韓国では

必須のモムチャン(肉体美)でもなければ、美貌でもなく

一重の地味な顔なんです。

★「モムチャン(肉体美)」か~

そう言えば、一時有ったな。「モムチャンダイエット」

https://web.archive.org/web/20160116102721/https://matome.naver.jp/odai/2142259794832422701

ネットで目にしただけだが・・・・・・・

 

カパラッチ(caparazzi)

https://web.archive.org/web/20181113125536/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/2a2acde5b758976e0cc185a83ab75ef3

韓国における「申告」あるいは「カパラッチ(caparazzi)」と呼ばれる密告制度は、果てはタバコの投げ捨てを撮影してスマホの専用アプリで「申告」、報奨金がもらえるまで、細部に及んでいるようです。

 

「ほんまかいな?」と思って調べるとありましたよ。

https://web.archive.org/web/20181113125927/https://matome.naver.jp/odai/2133345149212930201

 

 

《極めつけは「韓国歌謡曲」を韓国語でカラオケで歌う》

https://web.archive.org/web/20181113113835/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/fa9d0284b3ea1097f019e20d2523dae1

私の歌の演目は「漁火恋唄」「釜山港へ帰れ」(日本語と韓国語)

 

再びこの魚拓

https://web.archive.org/web/20181113203011/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/f9b8cd1c6e8f3e0e9f92f2f43f73b3d1

以前、韓流のスターさんを迎えて脚本を書くことになっていて、そのために釜山港に帰れを、打ち上げ用のカラオケとして韓国語で覚えたのですが、企画自体が流れ、歌う機会もなく終わりました。

 

「釜山港に帰れ」とは・・・・・Wikiより

「釜山港に帰れ」

https://web.archive.org/web/20181027200148/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%9C%E5%B1%B1%E6%B8%AF%E3%81%B8%E5%B8%B0%E3%82%8C

日本では1983年、チョー・ヨンピルが来日時にNHKで歌い注目され、16人の歌手による競作となる[

 

この歌の歴史は長いのですが、日本に持ち込んだのはチョーヨンピルです。

https://web.archive.org/web/20180108002504/https://ja.wikipedia.org/wiki/チョー・ヨンピル

経緯

1969年、カントリーグループ「エトキンズ」のリーダーとしてデビュー。エトキンズでの担当楽器はギターだった[2]。1975年にソロに転向し[1]、1976年に『釜山港へ帰れ (돌아와요 부산항에)』が韓国で30万枚を売り上げる大ヒットとなる[3]。

1982年には日本でもデビューし、「釜山港へ帰れ」(CBSソニー発売)や「想いで迷子」(ポリスター発売)などがヒットした[1]。1987年、『NHK紅白歌合戦』に韓国人歌手として初めて出場を果たし、1990年まで連続で出場した[4]。

 

経歴は省略しましたが、「韓国の大歌手」です。

私が、初めてこの歌を知ったのは、社会人になって最初、NEC時代の直属の部長が、忘年会で突然、歌ったからです。

その上司は、数年の韓国駐在経験があり、思い入れが有ったのでしょう。

昭和10年代初期の生まれですから、とっくにリタイアして、今はかなりの御年輩です。

昭和40年代の初期に、韓国に駐在して、当時の「三星電気」現在の「サムスン電子」を立ち上げた功労者でした。

ただ、たまたま、彼に聞いたのは、その時代の韓国の財界人は、みな、戦前の日本語教育を受けており、ソウル市民も日本語が達者で、特に「朝鮮語」を覚える必要に迫られなかったそうです。

ですから、カラオケで歌った時も日本語でした。

こんな歌です。

 

日本語で歌うと

 

私は今でも、そうですが、韓流にも、K-POPにも興味が無いので、知識として知っていただけです。

ただ、大ヒット曲で、その後もカラオケで歌う人は多かったでしょう。

しかし、余程、物好きでもない限り、わざわざ韓国語で歌う人はいなかったと思います。

何故なら、チョー自身が、日本語で歌っているし、日本人の歌手も多数カバーしたからです。

在日の人も、「朝鮮語」が流暢でない人は恐らく日本語で歌ったと思います。

結論

「釜山港へ帰れ」を朝鮮語で歌うイザーマンは、元々の「朝鮮語話者」、「中国朝鮮族」の可能性が高いでしょう。

次号へ続きます。

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