ゲイのネットワーク
故桂宮と少年愛
BB 2016-02-16 14:41:20
http://upshooting3.rssing.com/chan-2641168/all_p59.html
ゲイの友人に聞いたのですが、例えば寿司屋でもセックスが出来る部屋があることも、ある、と。
その人は、食事と称して「男友達」とそういう場所へ出掛けているのではないか、と。
>赤い三笠宮には、男児を設けさせず、3人の息子をすべて早逝させるという天罰を皇祖神は与えました。
桂宮宜仁親王は少年愛の方です。それ自体をそしる意味ではなく、(ゲイも排斥はしません、個人的立場ですが)神々は、
そういう采配をなさったかと・・・感じなくもないので
一言お知らせします。
一次情報、というのも妙な表現でしょうが、親王がNHK時代に寝た当時の「少年」(今はいい大人です)から聞きました。
要するに恋の相手が少年なので、子は出来ないわけです。マスコミでは、宮様の晩年まで付き添っていた女性を
内縁の妻としていますが、それはありません。
介護経経験のある、単なるお世話係です。人間愛的、友人的愛情があったかどうかは分かりませんが。
ゲイを排斥する立場ではないので、こういうことを書くのは胸が痛むのですが・・・・
皇室を立て直すための一助なので・・・・。出雲もそうですよね。けしからぬ高円宮家への、これも
神々の采配でしょう。相手が「受け」の男色であったことは。バイセクシュアルなら異性との性も可能でしょうが、あの様子ではまず無理。
ゲイでもタチ(挿入するほう)は、女性とも可能なことが多いのです。あのお方は、バリウケ(挿入されるだけ、徹底的に女役)です。
結婚前から相手が、バリ受けのゲイであることは掴んでいたのですが、
男色家を友人に持つ女衒久子のことであるから、それも承知で、寝所でのあのてこのては
吹き込んで送り出したのかと、思っていたのです。
男性の朝の生理現象があるので、そこを狙って自らまたがり腰を沈めなさいとか、フェラで勃起させてからまたがりなさい、
ぐらいのことは指南しての輿入れであったのかな? と。それが事実かどうか分かりませんが、結果は結合失敗であったのでしょう。
もし久子が相手の男の性の傾向を承知で、しかし典子さんを嫁がせたとしたら、典子さんは久子さんを憎みますね。
言い聞かされて嫁がされたとしても、憎しみがあるのではないでしょうか。ここも跡継ぎなしに、絶家となるかもしれませんね。
皇室が徹底的に浄化されますよう。神々の采配に感謝しつつ、更なる采配を切望します。
以上
BBと井沢氏の関係は≒から=に変わったようだ。それは
「一次情報、というのも妙な表現でしょうが、親王がNHK時代に寝た当時の「少年」(今はいい大人です)から聞きました。」
★女性が、こういう事を当事者に直接聞くはずはないと思います。いくら下品な女性でも、少なくとも「バーチャルBB」の中身は、男性だったことは間違いないです。
★そして桂宮のカップルの少年に直接聞けるのは「ゲイのネットワーク」に入っていないとできません。
井沢氏は駆け出し当時は、NHKの脚本スクールで脚本のイロハを習った
「タチ(挿入するほう)」「バリウケ(挿入されるだけ、徹底的に女役)」など目を背けたくなるほどの「専門用語」の乱舞です。
三島由紀夫と川端康成のあられもない姿
BB; 2015-11-09 23:01:58
http://upshooting3.rssing.com/chan-2641168/all_p59.html
記事になり客観的に見ると、笑えますwwww
これほど、さくさくと記事になさるとは思ってなかったしw
勃起とかまたがるとか、伏見さまのブログの品位を落とさなければBB的には無問題ですが。よろしいのですか?
これは不確かなんですが、高円宮がゲイ指数が高いとゲイ友は言ってました。カナダ大使館に相手がいたんではないかと。
これはしかし、彼の直感と想像なんで全く解りません。
桂宮は確かなことです。寝た相手から聞いたので。少年がお好み。独身を貫かれそばにいた女性が実質妻とか言われてますが、煙幕ですね。
介護のプロの方だと思います。この方は別に清潔な一生だったので、あげつらうこともないのですが。
高松宮の日記には同性への思いが切々と綴られていますが、旧制高校のあの時代は普通ですよね。
川端康成も森鴎外も記しています。
川端康成と三島由紀夫が楯の会が催された寿司屋の二階に二人で消え、お茶を持っていった若い職人が目撃したのは、二人で股間をもみ合っている姿。
色んな情報が入りますw 表に出せない情報w
以上
「桂宮は確かなことです。寝た相手から聞いたので。少年がお好み」
★これは、BB=井沢氏の傍証となるであろう。女性が直接聞ける話ではないからだ。
「高松宮の日記には同性への思いが切々と綴られていますが旧制高校のあの時代は普通ですよね」
★それにしても、男性同性愛への異常な関心の高さ。
戦前の旧制高校は、バンカラで、弊衣破帽の世界。私の亡父の二人の兄も旧制高校から旧帝大に行った。
二人とも21世紀を見ずして物故者となったが、生前は良くお二人のうちに遊びに行ったが、酒が入っても、「陰間道」のような話は
一切出なかった。ただ父の長兄は、東京帝国大学法学部で中曽根康弘元総理ともに官僚の道に進んだ、彼は、大蔵省で、
中曽根は内務省。戦前は内務省の方が格が上だった。そんな二人が再び出会うことになる。
海軍だ。それも、「海軍経理学校」と言って、またの名は「短期現役生」略して、「短現(タンゲン)と言った。
経理学校で教わることは、会計学や財務諸表論、原価計算など、今でいうアメリカの有名大学のビジネススクールに近い。
これが、何に役立つかと言うと、戦争の時のロジスティックス(兵站;へいたん)の計画に使える。
敵軍の有る一拠点を攻めるのに、戦力は何人必要か、輸送手段とその質量は、食料の必要量の計算など。
★要は、海軍首脳は、旧帝大中心に後は早慶の優秀な学生を促成栽培して、将校にしたかったのだ。
父の長兄は、海軍時代から中曽根がゲイであることを知っていた。よく遊びに行ったのは既に退官後、「あん和郎(わろ、さつまべんで奴)
の趣味は、これぞ」といって、指でカンチョーされた時は、びっくりしたし、その当時は悪い冗談として信じていなかった。
次兄もまた、東京帝国大学法学部から商工省(現;経済産業省)に進み、長兄と同じように海軍経理学校に進んだ。何と言っても「薩の海軍」だから。
終戦時の階級は「海軍主計中尉」、長兄は中曽根と同じく「海軍主計少佐」
★次兄の葬式の後、従兄弟たちが、要らないと言ったので、「海軍経理学校」の同窓会の「士公会(しこうかい)」の期生毎の、名簿を見てみたらびっくり、同級生たちの殆どが、霞が関の省庁の事務次官級(外郭団体も含む)になっていた。
次兄は残念ながら、局長を目前にして、クモ膜下出血で急逝した。海軍に行ったものは二派に分かれる。
「底無しの酒飲み」になるか、「衆道」に走るか、次兄は、遊びに行くと「うわばみのように」酒を飲み崩れることは無かったが
結局、それが命取りになった。
中曽根が1983年に総理になり、組閣したときに、ブレーンの多くに「海軍経理学校」出身者を集めたことは有名な話だ。
話しは、横道にそれたが、最後の
「川端康成と三島由紀夫が楯の会が催された寿司屋の二階に二人で消え、お茶を持っていった若い職人が目撃したのは、二人で股間をもみ合っている姿。」
★あまりにも、グロすぎて、女性の書くことではない。井沢氏の文章であろう。