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アメリカ大使館に関するウソ|(97)井沢満・BB覚醒・ふぶきの部屋・カナダのわがまま親父、とは(総括編

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96からの続きです。

《アメリカ大使館で本当に正田冨美を見かけたのか?》

2018年1月5日の記事

https://web.archive.org/web/20181203154452/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/dd99dbd022c1ad8960db31ed87062651

アメリカ大使館邸に行ったことがあります。

アーミン・マイヤー駐日アメリカ合衆国大使 の時代だから、大昔のこと。

門には立派な門松が飾られ、そこで皇后陛下のご母堂でいらっしゃる正田冨美さんをお見かけしたのでした。今思えば遠慮せずお話させていただいていたら、相当強い思い出になったろうと思われます。色んな意味で。

以上

 

 

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正田冨美は、1905年生まれですから、マイヤー大使の時代では、64歳~68歳です。

http://akimasa-fushimi.sakura.ne.jp/wp/2016/10/23/2016102320161023060000/

しかし、夫の正田英三郎は、1999年まで生きていましたから、1972年時点でも健在です。

★欧米、特にアメリカの社交界、パーティーでは「夫婦単位」の招待、交際が基本であり、常識です。

正田冨美が、アメリカ大使館のサロンにいたのなら夫の英三郎も一緒にいたはずです。増してや当時の皇太子妃「ミチコ」の実母ですから、単独で呼ぶことは無いでしょう。

招待をOKするにしても、英三郎が日清製粉の社長業に支障のない日するだろうし、偶々、その日に夫の体調が悪ければ、事前に断りを入れて、キャンセルするでしょう。例え、巷間噂されるように、冨美が上海以来、MI6やCIAのエージェントだとしても、です。

★要するに「正田冨美」を見かけたというのは、イザーマンの十八番の「詐話」による「ネームドロッピング」の嘘話です。

この男の、日本人離れした(あ!中国朝鮮族だった)図々しさからいえば、得意の幇間(ほうかん;太鼓持ち、男芸者)言葉で恥も外聞もなく話しかけて、そのキムチ臭さから、冨美は、顔をしかめていたでしょう(爆)

未だに、安倍総理はおろか、自民党の西田昌司議員にすら、面会の叶わないイザーマンの惨状そのものです。

★そもそも、世界の覇権大国アメリカ大使館が「脚本家風情」を招待するメリットはないと思う。

映像関係者で、「世界のクロサワ」こと黒澤明監督なら、日本人の対米感情をよくする「プロパガンダ映画」の制作を依頼するメリットもありますが・・・・・

 

《松下幸之助「タケノコ」の御歳暮話に見る「講釈師見てきたような嘘を言い」(爆)》

2018年1月5日の記事

https://web.archive.org/web/20181203154452/https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/dd99dbd022c1ad8960db31ed87062651

「もう大昔のことで時効でしょうから・・・・大使夫人は暮に松下幸之助さんから
来たというお歳暮について、私に愚痴ったのです。

「あんな大リッチマンが、バンブーの根っこなんかよこしたのよ」と。

私は、そこでいやそれが日本の風情と慎み、「粋」というものなのだ、と説明できるほどの英語力もなく、何か半端な返しをしたように思います。

おそらく、タケノコもそこらのものではなくたとえば京都のどこそこの、というたぐいのものであったのでしょう。」

以上

マイヤー大使の頃はまだ、日本の高度成長期が頂点に達しておらず、8合目くらいの時期だった。

そのころの松下幸之助氏は、「大リッチ」には至っていなかったと思う。

さらに、「竹」についてWikiで確認すると

https://web.archive.org/web/20181203215015/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9

概要

タケは気候が温暖で湿潤な地域に分布し、アジアの温帯・熱帯地域に多い。ササは寒冷地にも自生する。タケ・ササの分布は北は樺太から南はオーストラリアの北部、西はインド亜大陸からヒマラヤ地域、またはアフリカ中部にも及ぶ。北アフリカ、ヨーロッパ、北アメリカの大部分には見られない。

以上

 

★そもそも、欧州や、北米大陸にはほとんど見受けられない草木ですから、大使も大使夫人もほとんど見たことは無かったでしょう。

 

「タケノコ」についてWikiより

https://web.archive.org/web/20181203222045/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%B1%E3%83%8E%E3%82%B3

は、イネ科タケ亜科タケ類(一部はダイミョウチクやチシマザサなどのササ類を含む[1])の若芽。日本や中国などの温帯から亜熱帯に産するものは食材として利用されている。広義には、竹の皮(稈鞘)が稈に付着していて離脱するまでのものであれば地上に現れてから時間が経過して大きく伸びていてもタケノコといえるが[2]、一般には食用とする地上に稈が出現する前後のもののみを指す[2]。夏の季語[3][4]

生産地

京都府大山崎町天王山におけるタケノコ収穫作業。登山道に沿ったモノレールを用いた運び出し

日本では古来、竹林がある各地域で食用とされてきた。現代の日本では、収穫作業が「竹の子掘り」と称して、季節の観光行事としても親しまれている。

高級品の産地としては、乙訓(現在の京都府向日市・長岡京市・大山崎町)が有名である。乙訓産は竹林をふかふかの土壌にして、日当たりも調整する。こうして柔らかく、えぐみを抑えて、香りが良くなるようタケノコを育てている[15]。大阪市内の高級料亭などでは、大阪府貝塚市木積(こつみ)地区産も珍重されている[16]

以上

松下幸之助についてWiki

https://web.archive.org/web/20181027091835/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%B8%8B%E5%B9%B8%E4%B9%8B%E5%8A%A9

日本の実業家、発明家、著述家。

パナソニック(旧社名:松下電気器具製作所、松下電器製作所、松下電器産業)を一代で築き上げた経営者である。異名は「経営の神様」。

その他、PHP研究所を設立して倫理教育や出版活動に乗り出した。さらに晩年は松下政経塾を立ち上げ、政治家の育成にも意を注いだ。

以上

40代未満の読者にとっては印象の薄い人物かもしれない。

小学校卒から叩き上げて、日本の「家電産業」を構築した偉人である。

しかし、いくら、松下幸之助が小学校しか出ていないとしても、アメリカ大使に「お歳暮」として「タケノコ」を送るような非常識なことはしないと思う。例え、京都の高級産であろうと。

タケノコは、日本人でも好き嫌いが分かれると思う。私は正直、招かれて料理に出されれば食べるが、敢えて、食欲をそそられることは無い。

そして、送られるほうも、調理するときは「アク抜き」に手間がかかり、主婦に負担をかける。

アメリカ人の大使夫人に送っても、英語で書いたレシピが無いと、夫人も、大使館のシェフも調理できないと思う。

日本の財界人同士の、贈答なら有り得るかもしれないが、パンダの母国の中国大使でも喜ぶかどうか(笑)

噴飯ものの「与太話」である。こんな拙劣な台本しか書けないから、「視聴率の取れない負け犬台本屋」なのである(怒)

次号へ続きます。

 

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2 件のコメント

  • 伏見さま

    >アメリカ大使館邸に行ったことがあります。
    ただこれだけのことでしょう。
    大使館のオープンデーなどで、制限なしの誰でも中に入れるイベントで行ったというだけのこと。

    そうではなく正式に招待されたというなら、なぜ私は招待されたかを得々と語っているはず、自慢げに。
    そこで誰を見掛けたかは誰でもよく(どうせ作り話だし)、でもあまりに要人だと自分と釣り合いが取れないので、正田富美あたりでというだけのこと。
    後からでは確認のしようがないのも好都合だったんでしょう。

    タケノコ話は完全に蛇足。
    好意的に解釈して、松下氏が誰かにお歳暮としてタケノコを送ったという逸話をどこかで拾ってつぎはぎした程度。
    大使夫人が「バンブーの根っこを送ってきた」など、どこの誰とも知れない小男のイザーマンに愚痴るはずもない。

    イザーマンて、相当劣等感の強い人だと思っています。
    等身大の自分を見る勇気も持てないまま、虚飾まみれの人生を終えるのでしょうね。

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