売春婦もびっくり、雅子の乱脈男性関係よくこれで、入内できたな(笑)
2015年03月30日
皆さんお元気ですか?
今回は、今や世界中に出稼ぎする韓国人遠征売春婦もびっくりの雅子の非常に乱脈な男性関係です。
ハーバード留学時代には「白人男性と交際している」とか「日本人男性と同棲している。」という噂が絶えませんでした。
また、妃候補に登場した1987年には、アメリカ人のデビット・カオなる男性から英文で綴られた怪文書が、宮内庁に届きました。
内容は、雅子と自分の男女の関係、男性関係に奔放だった雅子のハーバート時代の告発文でした。
怪文書を解読した当時の宮内庁長官の富田朝彦氏は警察官僚出身でしたので、内閣調査室長時代の人脈をフル稼働させて、小和田雅子のアメリカ留学時代の男女関係を洗わせました。その結果、小和田雅子を妃候補から外しました。余程ひどい乱脈な男性関係だったのでしょう。
しかし、小和田―高円宮ラインは、昭和天皇崩御を待ち、先行していた妃候補たちが、結婚などで次々と消えていく中、妃候補たちの在庫がなくなるのを待って、再び雅子を妃候補に浮上させました。
そして、妃内定直後の1993年1月11日にアメリカの一般紙「シカゴ・サン・タイムズ」誌が「プリンセス雅子のトップレス写真を持っているアメリカ人男性がいる」というスクープがでました。
当の白人男性とは、先に怪文書を宮内庁に送ったデビット・カオでした。
実際にデビット・カオなる白人男性は、実在し、雅子のハーバード時代に2回パーティーで一緒だったという写真もあるそうです。
この「シカゴー」誌自体はいい加減な三流ゴシップ誌ではありません。しかし、何故か、そのスクープ記事は4日後には取り消されてしまったのです。小和田サイドから強力な圧力がかかったのでしょう。日本に帰国後も外務省時代にも常に男の噂が絶えない女でした。
ちなみに羅列すると
・デビット・カオ
・奥参事官(イラク戦争の最中、イラクで不審死を遂げる)
・外務省上司;上司との不倫を告発する怪文書が省内を駆け巡った。中絶手術の噂あり。
・外務省同僚;東大時代以来からの交際、オクスフォード留学時代に関係が深まった。しかし、イギリス留学時代には白人男性との交際も噂された。フリーカメラマンがツーショットを撮影し女性週刊誌に持ち込んだが没になった。
・大野裕主治医;結婚後もやってるんですね~呆れるのを通り越して、性欲の強さ、貞操観念の無さに衝撃を受けました。
・国連大学総長
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母方の祖父が、水俣病を広めたチッソ社長の鬼畜;江頭豊であるだけではなく、根が朝鮮女だからすぐ股を開く淫乱女です。
今回紹介した男たちは沢山ある噂の相手の中のごく一部です。
こんな下賤で淫乱な女をめとらざるを得なかったのも、皇太子自身にも問題があります。
ズバリ言って、ブ男で背が低い、男性的魅力とは縁遠い人です。
しかも軽い知的障害もある。
それが1988年がピークでしたが数多のお妃候補から逃げられた理由です。
お妃候補に挙がった途端に結婚し、1年後に離婚した人もいました。単に妃候補逃れの偽装結婚だったのでしょう。
両陛下と宮内庁は、高円宮夫婦が雅子を強力に推している間にも、有力な別候補と交渉していました。
その方が久邇晃子(くにあきこ)さんです。
香洵皇后(昭和天皇の皇后)の実家に当たり、皇太子とはふた従姉に当たります。
彼女は、旧皇族の家柄ですから、最後は私しかいないと覚悟を決めて、着物の準備をしていました。
両陛下と宮内庁もその気になってる時に、高円宮夫婦と小和田夫婦が先手を取って、皇太子と雅子の婚約電撃発表しました。
両陛下も宮内庁も追認するしかありませんでした。大変惜しかったです。
久邇さんという女性は大変優秀で、東大医学部を卒業後精神科医を開業なさってます。彼女のように皇室のしきたりのなんであるかを知りぬいた賢明な女性が、皇太子妃だったら、知恵おくれの皇太子を上手にサポートし、天皇になっても良く支えたでしょう。
しかし、結婚前は頭が弱くとも、清々しい雰囲気を持っていた皇太子が、雅子と結婚後、ただの頭が弱い男になり、人物から伝わってくるオーラも下品になってしまいました。
仮に天皇になっても国事行為は無理でしょう。雅子という霊的にも悪業を背負った女の言いなりになった皇太子と、早くも朝鮮人の業病の【火病】を発揮しだした愛子からなる東宮一家は皇室内の【魔界】となってしまいました。
もう手遅れです。秋篠宮両殿下に皇統の異動をせざるを得ないでしょう。
私は、在日や、帰化朝鮮人を除く心ある日本人は、文仁天皇、紀子皇后陛下を望んでいると信じています。
以上